第34話 目に見えなくても怖くない

 しかし、探知結界には、俺達と件の妖以外にそれらしい反応はない。これだけの術が使える術師が、一般人と同じ反応を示す訳がないので、術師の方にも何らかの隠蔽工作が成されていると見るべきか。


 術師が裏方とは限らないということを、俺は体感として知っている。下手に動けば、術師は攻撃術式に切り替えて、こちらに危害を加えてくるはずだ。よって、この場から動くことはせず、術師の動きに注意を払いつつ、妖を撃退するのが、現状の最善策のはず。


 幸い、飛び降りた先は駐車場。多少車は止まっているが、視界は開けている。とりあえずはここで防御結界を展開し、天理あまりと警備員の安全を確保するか。


「駐車場の中央付近に集まってください! 防御結界を張ります!」


 3人が集まったところで、彼女達を囲うように防御結界を展開。もちろん俺は妖と戦う必要があるので、防御結界の外にいる。


 と、妖の気配が急激に接近していることに気付いた。気配の位置はもう目前。それでも全く相手の姿は見えない。どんな形状をしているのか。どんな攻撃手段を持っているのか。それらの情報がないだけで、戦いにくいことこの上ないが、今は弱音を吐いている場合ではない。


 そこで俺が頼ったのは『音』。生物の中には、エコーロケーションと言って、自ら超音波を放ち、その反響を利用して周囲の状況を把握するものがいる。俺の耳はそんな器用なことが出来るようには出来ていないものの、術式を組み合わせれば似たようなことが出来ることを、事前に把握していた。


 原理としては、割りと簡単。自らの周囲に小規模な爆発術式を発動し、音をばら撒く。そして、風の術式で音の広がりを感知。不自然なぶつかりがあれば、そこには何かがある証拠だ。


 1発の爆竹レベルの発破音はっぱおんを周囲に響かせ、風の術式で音の広がりを捉える。そうして浮かび上がった、何かの存在。そこに妖はいる。


 俺は、そこに向って刀を振りぬいた。結果は、感触あり。決定打にはならなかったが、相手に手傷を負わせることには成功した。


「まだまだ!」


 繰り返し、術式を駆使して相手の位置を割り出し、着実にダメージを与えて行く。目に見えないとは言え、そこにいるのは変らないのだから、対処の方法はあるのだ。もっとも、経験上、それを臨機応変におこなえるのは、限られた実力者のみなのだが。


 3度、4度と攻撃を命中させたが、妖は止まることがない。妖はこの世の存在ではないので、基本的に死を恐れたりはしないし、ダメージを与えても、見た目だけならすぐに修復してしまう。今回に限って言えば、術師が妖の回復に一役買っているという場合もあり得るし、長期戦は控えたいところだ。


 しかし、ふと考える。これだけのことで、夕菜があのような発言をするだろうか。彼女があの場で「厄介な案件」と口にするほどのことは、今のところないように思う。だとしたら、夕菜はあの時、あの場所で何を見たというのか。


 術師の気配は、いまだ掴めないまま。妖のアシストをしているのなら、もう少し気配を振り撒きそうなものだが。


「いや、待てよ?」


 俺はてっきり、妖と術師が別々に存在していると思い込んでいたが、もし仮に、この妖自体が術式を行使出来るとしたらどうだろう。もちろんそんな前例はない訳だが、それを目の当りにしたからこそ、夕菜はあそこまで追い詰められたのだ。


 憶測で判断して、危険の存在を取り逃す訳には行かない。しかし、いもしない術師に気を取られて、妖への警戒度合いが低く見積もられているのなら、それはそれで問題だ。


 結論を出すには、情報が不確定過ぎる。しかし、判断の遅れはそのまま任務失敗の確率を上げてしまうのだから、見極めが肝心。となれば、判断材料を自分で作るしかない。


 俺は、敵側に心中しんちゅうを悟られないよう、気を締め直しながら、一つの術式を周囲に張り巡らせ、発動させた。

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