第50話 暗躍の時間

 あれから、何度か篠崎しのざき春人はるひとに探りを入れては見たものの、目ぼしい悪事の証拠が出てくることはなく。直接監視についている2人からも、これと言った報告が上がって来ることはなかった。


 特に期限が決められていないこの任務。元々あるかどうかわからない不正を探れと言う内容なのだから、ある程度長期戦になるのは覚悟していたが、流石にここまで何も出ないと、疑惑そのものが消滅しそうもの。


 とは言え、調査不足であとから黒だと判明した場合、調査を担当した俺達の評価は、当然下がる。要するに、はっきり白黒つくまでは、このお役目からは逃れられないのだ。


「と、言うことで、方針を変えませんか?」


 俺は、あることを提案する。


 今までの調査は、言って見れば受けの姿勢。相手の行動を見て、それからこちらが動くというものだ。そこで俺が提案したのは、その方向性の改変。すなわち、攻めの姿勢。こちらから状況を生み出し、相手の対応を見るというものである。


「状況を作るって、具体的には?」


 みなが思っていることを、清雫しずくが代弁した。思っていた通り、みなの食いつきはいい。碌に成果の出ない毎日に、嫌気が差すのは当然のことだ。


 と、ここで俺が仕掛ける状況は、主に2つ。1つは、チーム内で共有する表向きの状況。もう1つが、俺の胸の内だけに留める裏の状況である。


 何故表と裏の状況を作るのかと言えば、俺が日々覚えている違和感の正体を掴むためだ。


「内容としては簡単です。俺の単独のお役目と、篠崎家のお役目を、あえてぶつけるんですよ」


 まずは表向きの状況。お役目の日時と場所が被っていると言う情報を、篠崎家にリークする。これでもし仮に、篠崎家が本当に八神やつがみ家に敵対的な思惑を持っているのなら、これで何かしらのアクションを起こすはずだ。八神家を陥れるために妨害工作に出るか、あるいは偶然を装い、目標の妖を先に仕留めてしまうか。それ以外のパターンはあったとしても、何もして来ないということはないだろう。


 そして裏の状況。こちらが重要だ。篠崎家と秘密裏にコンタクトを取り、内通者を作る。コンタクトと言っても、直接篠崎家に乗り込む必要はない。適当な人材を見繕って、その人物のスマホに潜伏型知覚魔法を込めたメッセージを送ってやればいいのだ。


 ちなみに、潜伏型知覚魔法と言うのは、特定の人物の知覚を覗き見する魔法を、そうとわからないよう忍ばせる魔法のこと。要するに、相手に気付かれないよう、脳内に監視カメラと盗聴器をしかけるようなものである。


 これらを並行して行うことで、篠崎家の動向を読み取りつつ、同時にアクションを起こさせることが出来るという、一挙両得。更には、あえて俺が魔法と言うこの日本にとっては未知の能力を使うことで、篠崎家の背後にいるかも知れない黒幕的存在に揺さ振りをかけることも可能。場合によっては、一石三鳥もあり得る。


「あえてお役目をぶつけるって、お前。妖はそう都合よく現れないぜ?」

「こちらは振りでいいんですよ。本当に妖を相手にするのは、篠崎家だけです」


 光臣みつおみの疑問にもさらりと答え、場を調えて行った。実際は、この会話自体も布石になっている。長らく疑問だったあることの真相が、ひょっとしたら明らかになるかも知れない。


「どうでしょう? あとはリーダーの判断次第ですけど……」


 俺は真剣な目で清雫を見据えた。やる気のほどは、これで伝わるはずである。


「……わかった。いいでしょう。虎穴に入らずんば虎児を得ずとも言うし、多少の強引さは必要だものね」


 こうして、俺の立案した計画は、実施される運びとなった。釣り上げられるのは思わぬ大物か、それとも想定通りの獲物か。内心肝を冷やしながら、ついに計画実行の時を向かえる。

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