第49話 成長する妖

 いざ霊園内に入ると、そこは妖の気配が充満し、正確な妖の居場所がわからないほどだった。


 篠崎しのざき春人はるひとが霊園に入ったことは、既に確認済み。先に妖と鉢合わせないよう注意しながら、彼との距離を詰める必要がある。最前列を任された以上は、先輩方のご機嫌を損ねないよう、それなりの働きをしなくては。


 妖の接近に気を払いつつ、篠崎春人との距離を詰めて行く。巫力はもちろんのこと、気配を察知されてもいけない訳なので、その辺りは慎重に。気配と言うのは、下手に消すよりも、周囲に同調させるよう誤魔化す方が気取られにくいことを、俺は知っている。


 かつていた世界では、いかに効率よく敵を叩くかに挑戦し、背後からの奇襲をよくかけていた時期があった。その時の経験がこうして生きるのだから、伊達に転生を繰り返してきた訳ではない。出来ることなら、最後くらいは、このような技能は使わなくていい世界に生まれたかったものだが。


『配置完了しました』


 こういう時、スマホというのは案外便利なもので、声を出さずに仲間と連絡が取れる。漏れる光に気をつけさえすれば、こうして戦場の最前線でも使用出来るのだから、文明の利器の何と素晴しいことか。


『全員、そのまま待機。妖の接近には注意してね』


 篠崎春人は、まだ妖と接敵していない。彼も、この場に満ちた濃厚な妖の気配に邪魔され、正確な妖の位置を見出せずにいるのだろう。


 とは言え、そこは単独でお役目を与えられる退魔師である。彼は探知系の術式を張り巡らせ、妖の捜索に入った。これに引っかからないようにするのも、俺の役目。すぐさま術式を忍ばせて、探索術式から逃れる。


 しかし、この術式で逃れられるのは、あくまで探索術式からのみ。直接目視されるようなことがあれば、術式は意味を成さない。この場で俺が先に接敵すれば、今回の計画の全てが水の泡だ。ここは祈るしかなかろう。


 木陰で息を殺しつつ、篠崎春人の様子を窺っていることしばし。妖を発見したのか、彼に動きがあった。一定の距離を取りつつ、物陰に隠れながら、すぐさまその後を追う。すると、その先では彼が妖との戦闘を開始していた。


 妖のサイズは、3メートルはあろうか。巨体の割りによく動き、篠崎春人を翻弄している。


 妖はおよそ人型をしているが、腕が異様に太く、長い。その腕から繰り出される一撃は、アスファルト舗装の地面を軽く砕いてしまうほど。これは流石に、1人では手に負えないのでは。


「くっ!? 情報よりも大きい!?」


 篠崎春人の口から漏れた言葉から察するに、この妖は事前調査の段階よりも成長しているようだ。妖が成長するなど俺は聞いたことはないが、事実として、妖は情報よりも大きいのだから、成長したと判断せざるを得ない。


 俺達に与えられたお役目は篠崎春人の監視だが、監視対象が死んでしまった場合はどうなるのだろう。貴重な情報源を失ったとあっては、チームの評価にも響くかも知れない。


 とは言え、ここで俺が手を出して妖を何とかしたところで、監視対象である篠崎春人が、それに気付かない訳はない。要するに八方塞はっぽうふさがりだ。


 どうするか。徐々にだが、篠崎春人が押されて来ている。このままでは、彼は妖に殺され、彼から篠崎家の情報を得ることが不可能になってしまう。いや、それ以前に、まだ疑われているだけの彼をこのまま死なせてしまうと言うのはどうなのか。お役目云々を抜きにしても、それは俺の後味が悪い。


 俺は彼に肩入れすることを決め、妖に向って能力弱体の魔法を行使した。巫力を使わない魔法であれば、何かに気付いたとしても、それが俺に直結することはないはず。


 そうして能力が弱体化した妖は、無事に篠崎春人の手で討伐された。辺りに立ち込めていた濃厚な妖の気配も晴れ、霊園は元の平和な静けさを取り戻す。


「……誰かいるのか?」


 案の定、自分と妖以外の第三者の存在に気付いた様子の彼が声を上げるが、もちろんそれに答えるつもりはない。しばらくこちらの気配を追われている感覚はあったが、そのうち諦めたのか、彼は霊園をあとにした。


 それにしても、成長する妖とは穏やかではない。俺がこう言ったイレギュラーに遭遇する確率も、いささか多過ぎるように感じる。それも誰かの意図したことなのか、それとも。


 答えは出ない。それでも、何者かが妖を操っていると言う感覚は、昔から変らなかった。恐らく今回も同じ手合いの者の仕業だろう。末端をいくら調べていても真実には至れない。そして、真実へと至る道は、目の前にあるような気がしてならないのだ。何か重要なことを見逃している。そんな思いに駆られつつ、今回の作戦は幕を閉じたのであった。

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