第7話 敵は妖だけじゃないらしい

 声はどこか反響して聞こえ、居場所を特定させてくれない。声だけの情報で考えるなら、相手は20代かそこらの男性。発した言葉から、こちらに対する敵意を持っていることが窺える。


 それに、どこか見知ったような感じのする気配。どこだったか、俺は過去にこのような気配を持った相手と対峙したことがある。しかし、それがどこだったか、それが思い出せない。


何奴なにやつだ!」


 父が透かさず反応するものの、答えはなかった。どうやら、向こうは自身の正体を明かすつもりがないらしい。


「いや、そもそもこの家は特殊な結界で守られています! あなたのような不審者が入り込む余地はないはずですが!?」


 父に創玄そうげんと呼ばれた、天宮家のご当主が叫んだ。そう言えば、何やら不思議な感覚はあったが、なるほど。これは俺の知らない結界の術式の気配であったようだ。


 要するに人避けの結界の類か。それなら俺が直感的にその存在を感知出来てもおかしくはない。この手の防御術式は、これまでの転生でも散々お世話になったし、手を焼かせてくれたからである。


『そこはいくらでもやりようはありますよ。例えばこんな風に、ね!』


 相手がそう言った次の瞬間。突如、天宮家の敷地内に数体の妖が現れた。大型の犬に近い妖。これは見たことがある。そこで、ようやく先ほどの気配に対する認識に納得が行った。


 つまり、俺が戦った妖は、この声の主が送り込んだ刺客だったということ。何故そのようなことをするのかと問われれば、考えられる可能性は一つ。相手は何らかの理由で、八神家に敵意を抱いているのだ。


「一人息子に才能を与えてやれなかった、恥じ入るばかりの不甲斐ない男だが、それでも貴様のような奴にくれてやる命はないわ!」


 父が叫ぶ。そして、腰から下げていた刀に手をやると、猛烈な勢いで妖に突進をかけた。


 抜き放たれた刀。洗練されたその形状は、世界に類を見ない切れ味を誇る。しかも、刀に使われている金属は、巫力との相性がよいとされる玉鋼たまはがね。父の巫力を余すところなく吸った刀は、炎にも似た光の揺らめきを纏い、妖を難なく斬り捨てた。


 戦闘はほんの一瞬。数対いた妖は、瞬く間に父によって切り伏せられ、無へと帰る。流石は五柱の一画を背負う退魔師なだけあると言うべきか。動きに全く隙がない。転生前の俺ならともかく、少なくとも、今の俺では、実力は足元にも及ばないだろう。


『いや~、流石は八神家の現当主。強い強い。せっかく手懐けた妖が台無しです』

「手懐けた、だと!? 貴様、どこの手の者だ!」


 父にも相手の正体に心当たりがないらしい。俺だって短い期間とは言え、この日本についていろいろと学んできたが、妖を手懐け、操るなど聞いたことがなかった。全くの未知。それが今回の相手のようだ。


『そんなこと教える訳ないでしょう? 流石に他の五柱まで出張って来られたら面倒ですからね』


 まだ余裕のありそうな態度。五柱の名を出してなお、相手の堂々とした声色は変わらずである。


「何が目的だ!」


 父が再度叫ぶが、暖簾に腕押しを言ったところ。まるで始めから挑発することが目的であるかのようだ。


『そう焦らなくても、その内わかりますよ。とりあえず、今回は挨拶だけ、と言うことで』


 そう言い残すと、謎の声の主の気配がぱたりと消える。同時に周囲に満ちていた妖の気配も消えたので、どうやら相手は撤退した様子だ。


「いったい何者だったのでしょう?」

「わからん。人が妖を操るなど、聞いたこともない。」


 五柱たる2人にわからないことが、俺にわかるはずもなく。しばらく警戒態勢だった天宮家も、時間が経つとともに、これ以上の襲撃はないと判断したようで、この日はそのまま解散となった。


 再び車で揺られながら、俺は今日襲撃して来た謎の人物について考える。


 能力の詳細も、目的も不明の相手。わかっていることと言えば、妖を手懐けて操ることが出来るということくらい。どうやって天宮家の結界を突破したのか。どうやって姿を隠していたのか。それも一切情報がないため、考察のしようがないのである。


「どうした、朝陽。難しい顔をして」


 俺が物思いに耽っている様に、何か思うところがあったのか、父が話しかけて来た。俺の無能力振りを責めるでもなく、いたって普通の父親としての優しさが垣間見える。


「先ほどの人物について考えていました。奴はいったい何者なのでしょう?」

「そうだな。今日はいろいろとわからないことだらけだ」


 体力的に疲れたと言うよりは気疲れなのだろうが、父も幾分消耗しているように見えるので、あまり深くは踏み込まない。


「今後のことも、何かと考えなくては、な」


 父が言っているのは、八神家の身の振り方のはず。長子である俺に、五柱を次ぐに足る才能がないのであれば、今後八神家の力を維持することは難しい。そこに来て、八神家を狙う刺客が現れたとなれば、家長としては頭が痛いだろう。


 凡人になることが俺の望みなのは間違いないが、決して誰かに迷惑をかけたい訳ではない。父を失望させてまで、叶えたい望みなど、俺は持ち合わせていないのだから。

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