第8話 本格的な修行

 巫力測定の日から数日が経った。


 俺の巫力値が凡人レベルだとわかったからか、父は俺に修行を付けようとする気配がない。むしろ、どうすれば俺が一般人としてそれなりの道に進めるかを探るかのように、あれこれと調べ物をしている。才能がないとは言え、八神家の人間である俺は、そう易々と一般人枠には入れないということのようだ。


 しかし、俺としては、妖を放置したまま、自分だけ偽りの平和に身をひたすのは本位ではない。生涯現役であろうとまでは思わないが、どうせなら退魔師として一通り働いて、充分に後進を育てた後、堂々と大手おおでを振って余生を平穏に過ごしたいものだ。俺の将来を真剣に考えてくれている父には悪いが、これは俺が望んで選んだ人生なのである。


 そういう訳で、俺は両親には内緒で、本格的に修行をすることにした。出来れば巫力の底上げを図りたいところだが、巫力を向上させる修行は、退魔師の家系にとって秘匿ひとく中の秘匿。才能のない俺がせがんだところで、父が首を縦に振るとは思えない。となれば、巫力以外の力を使って強くなるしか、俺には方法が残されていないことになる。


「そうなると、やっぱり魔力から増やしつつ、錬気功の鍛錬を平行するのが効率がいいか。神性気とマナは、現代日本と相性があんまりよくないし」


 体内から生じる魔力と、錬気功については鍛錬で伸ばすことは容易い。しかし、外部からエネルギーの供給を受ける必要がある神性気とマナに関しては、日本においてはあまり効率的とは言い難かった。何せ、文字通り神の力である神性気は、対応する神様がいないと話にならないし、現代日本は大気中のマナの濃度が非常に薄い。直接強化するのには、条件が悪いのである。


「ただ、魔力も錬気功も使い過ぎると昏倒するからな。あんまり無理はしないようにしないと」


 と、ここでふとあることに思い当たった。魔力も錬気功も凡人レベルに設定されている俺の身体は、いったいどこまで成長することが可能なのだろうか。


 もし、成長の上限も凡人レベルであった場合。かつての俺のような、超絶的な能力は手に入らないことになる。しかし、基本的には鍛錬の分だけ伸びる魔力と錬気功の特性を考えれば、あるいはオルフェリーゼの手で設定されたかせを凌駕出来るかも知れない。


「よし。そうと決まれば、早速鍛錬だ」


 その日から、俺は昼夜を問わず、魔力と錬気功を酷使し続ける日々を開始した。失神する寸前まで魔力を消費し、回復するまでの時間を使って、今度は錬気功を限界ギリギリまで行使する。これで1セット。もちろん、このことは両親には内緒なので、1人になれる時間を狙っておこなった。


 最初の頃は一日1セットが限界だったが、そこは何度も転生を繰り返し、幾度も経験して来た鍛錬法だ。当にコツを掴んでいる俺は、短期間で目覚しい成長を遂げることに成功。一週間後には一日に5セットほどおこなえるまでになっていた。


 この頃になると、身体の方にも変化が現れる。身体の表面にはまだ薄いが魔力回路が紋様として現れ始め、体内で膨らんだ錬気功を押さえ込めるよう、肉体は強度を増した。今の魔力量なら、初級魔法なら10回くらいは使えるし、錬気功の総量を考えれば、素手でフライパンに穴を穿つ指突しとつくらいは放てるはずである。


「やっぱり幼い身体だと成長が早いな」


 今の成長度合いは、異世界で例えるなら国家所属の一般兵くらいだろうか。異世界の基準では、まだ凡人の域を出ないとは言え、現代日本で考えるなら、充分な戦闘力を有していると言っていい。3歳でこれならば、10年も修行を重ねれば、退魔師として活躍するのも夢ではないはず。


「問題は、父さん以外の退魔師がどの程度の戦闘力を持ってるのかがわからないこと、か……」


 父の戦闘ですら、一度見ただけ。それも、本気ではない相手の放った妖を倒して見せたところだけだ。見ただけで強いのはわかるものの、その実力の真髄までは見極められていない。


「そうなると、やっぱり比べる相手が必要かな」


 この日本における退魔師というものの戦闘技術を探る上でも、比較対象がいるのといないのとでは大きな違いだ。無理を言って父からいろいろと教わるのは後々に取っておくとして、まずは才能がある側の同年代の実力が知りたいところである。


「手っ取り早いのは、同じ五柱の家のどこかの子どもと接点を持つことだけど……」


 今のところ、俺が知っている五柱は、うち以外だと天宮あまのみや家のみ。しかし天宮家に同年代の子どもがいるかどうかは不明なので、情報としては宛てにならない。


「この間行った時は、ご当主にしか会ってないしな~」


 圧倒的な情報不足。これは如何いかんともしがたい状況だ。


「母さん……は退魔師の家系じゃなさそうだし、ここは父さんに聞くしかないかな」


 そうと決まれば、善は急げ。俺は同年代の才能ある退魔師の情報を求めて、父に話を聞くことにした。もちろん、退魔師云々うんぬんの話は伏せておかなければ、何かと詮索されてしまうだろう。ここはあくまで、同年代の友達が欲しいというていで、話を振ろうではないか。


 いさんで歩みを踏み出した俺だが、この判断が、今後の自分を悩ませる種になると言うことなど、この時はまだ、知る由もなかったのである。

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