第42話 この日本だからこそ

「おい、嘘だろ?」


 この日本に、死者を蘇生する術式は存在しない。もちろん俺の知識の中には、死者蘇生の魔法も含まれているが、それをここで使っていいものか。過去にいた世界と違って、蘇生魔法が正しく作用するという保障もない。


 しかし、使わなければ天理あまりはこのまま死ぬ。俺の手の届くところにいながら、よりにもよって一般人の放った銃弾で。


 犯人の正体も気になるところではあるが、今はそれどころではない。事態は一刻を争う。蘇生魔法を使うのか、使わないのか。こうして迷っている間にも、天理の身体から体温が奪われて行く。血のにおいに混じり、死臭が漂い始めているようにすら感じた。


「どうする……」


 死者の蘇生を叶えるということは、今いるこの世界の法則を乱すことに他ならない。当たり前に死者蘇生の魔法が使われていた世界と、この日本では、環境があまりに異なっている。


 ここは街頭。人目が多い。そんな中で魔法など使えば、確実に目立つし、情報は瞬く間に拡散されるだろう。同じ退魔師にはもちろん、実の親にすら、説明出来ない、俺の秘密。それが衆目に晒された時、俺はどういう扱いを受けるのか。想像しただけで恐ろしくなる。これまでの転生先でも経験した。人は、自分と異なる存在を、時に恐れ、排除しようとするものなのである。


 自分の未来と天理の命。これまでであれば天秤にかけるまでもないことだが、これは俺のとっての最後の人生。その最後を悲惨なもので締めくくると言うのは、さすがの俺でも耐え難い。天理を救いたいと言うのも嘘ではないが、そのために自身の未来を投げ打てるかと問われれば、答えはノーだ。


「くっそ!」


 俺はアスファルトに右拳を叩きつけ、それから天理を撃った犯人の女性に詰め寄る。


「何で、彼女を撃った!」


 すると、女性は夕菜に取り押さえられたまま、顔を上げて、醜い笑い声を上げた。


「何でだって!? そんなの決まってるじゃない! こいつが娘を殺したからよ!」


 この女性は何を言っているのだろう。そんなはずはない。天理はずっと、俺達の目の届く範囲にいた。それにそもそも、天理が人を殺す動機などないはず。誰からともわからない中、命を狙われていたのは、むしろ彼女の方なのだから。


「どういうことだ! 彼女は人を殺したりなんか――」

「いいや! 私は教えてもらったんだ! 娘が死んだのは呪詛返しとかいうののせいだって! 呪詛返しっていうのはよくわからないけど、とにかく綾嶺天理のせいだってことだろ!?」


 呪詛返しのせいと聞いて、相手の正体に行き着く。この女性は、以前、天理に呪いをかけた同業者の母親だ。その同業者自体は、呪詛返しによって命を落すこととなった訳だが、それはあくまで自業自得。天理に責任があると言うことは決してない。


「……呪詛返しって言うのは、呪いをかけるのに失敗した際に、呪いをかけた側に戻る代償だ。つまり、責任は呪いをかけた本人にある」

「……はぁ?」

「あんたの娘はアイドルだったんだろ? でも、綾嶺天理に勝てずに嫉妬した。そこを利用されたんだよ。結果は、あんたも知っている通りだ」


 女性の顔が見る見る青ざめて行く。最初に仕掛けたのが自分の娘だと言うことを、ようやく理解したのだろう。


「で、誰から呪詛返しのことを聞いた? 拳銃もそいつから受け取ったんだろ?」

「……名前は、知らない。ただ、娘の死の真相を教えてくれるって言うから――」


 女性の娘は、世間的に見れば、突然の怪死を遂げたアイドル。娘の死にまつわる真実を知らない母親からすれば、その情報は喉から手が出るほど欲しかったに違いない。


 この女性に情報を提供し、ご丁寧に拳銃まで用意したのは何者か。恐らく、ここ最近俺達を監視していた術師本人か、それに連なる手の者だろう。何が目的かは薄々察することくらいしか出来ないが、卑劣な手を使うものだ。見つけたらどうしてくれようか。


 そして意図して濁された情報を元に、この女性は天理殺害を決行した訳だが、はっきり言って、同情よりも怒りが勝る。不確かな情報を元に、人一人を殺害するなど、あってはならない。ここが天下の往来でなければ、罵詈雑言の1つも口にしていたのは間違いなかった。


 この場に居合わせた誰かが通報したのだろう。パトカーと救急車のサイレンが聞こえ始めた。裏で何が絡んでいたとしても、表向きには、これはあくまで一般の事件。今の俺達に、これ以上出来ることはない。


 横たわる天理に、もう一度目を向け、俺は、静かに涙するしかなかった。

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