第41話 致命的な瞬間

 こちらの要請で外出が制限されている中、天理あまりが「せめて誕生日パーティーがしたい」というので、寮に天理と夕菜ゆうなの残して、買出しに出る俺。流石に女子寮に男子は入れないので、どこか適当な場所を用意しなければならないのだが、安全かつパーティーを開いても問題なさそうな場所など、早々思いつく訳もない。


 飲み物や菓子、ケーキなどを購入し終えてから、俺はパーティー会場を探すため、スマホの通話で詩音しおんに協力を仰いだ。


「そういう訳で、パーティー会場を探してます」

『そんな都合のいい場所ある訳ないだろ。彼女の身の安全を考えるなら尚更』


 まさしくおっしゃる通り。これに関してはぐぅの音も出ない。とは言え、何日も天理の行動を制限している手前、ちょっとした望みくらいは叶えてやりたくなるのが人情というもの。ここは多少無理を承知で、掛け合うしかない。


「そこを何とか」

『う~ん。そう言われてもな~。いざという時に工房でドンパチやられても困るし、うちは提供出来ないぞ?』


 ドンパチありきを想定するなら、そもそもパーティー自体が開けないことになる。いや、それどころか、徹底防戦の構えを取る必要すらあろう。


 とは言え、これ以上大事おおごとにして、天理に更なる負担をかけるのも考えものだ。俺達からすれば、彼女はあくまで一般人。そうそう妖や術師関連の事件に巻き込まれていい人間ではない。


「本当に何もないんですか? うちは五柱なんて大層な枠にいるんですから、何かしらコネくらいあるでしょ?」

『……余計なことばっかり覚えやがって。確かに八神やつがみのコネを使えば、比較的安全な物件くらいは手配出来るだろうけど』

「それでお願いします」

『待て待て。それだって絶対安全って言う訳じゃないんだ。監視されてるなら尚更だぞ』

「でも、息抜きは大事でしょう?」


 相手が妖や術師なら、こちらで対処すればいい話。少なくとも、俺達はそれの専門家なのだから。


 そういう訳で、パーティー用の会場を確保した俺は、一度そこに荷物を置いて、天理と夕菜を迎えに行った。パーティー会場の件はスマホで夕菜にメッセージを送り、あらかじめ場所を共有しておく。


 その物件は、八神家が保有するいわゆるセーフティーハウスの1つ。有事に備えて一通りの食料や水はあるし、一時的に使わせてもらうにはぴったりと言える。寮から近いのもあって、移動は然程危険ではないと思っていた。


「パーティーの場所まで用意してくれるなんて、八神君は頼りになるな~」

「何かにかこつけて抱きつくな。もう少し警戒心というものをだな……」


 それが俺の犯した重大なミス。


 もちろん、警戒は最大限していたし、妖や術師の気配には充分気をつけていた。だからこそ、取り逃してしまったのである。天理を狙う、の存在を。


「ええ~、いいじゃん~。私と八神君の仲なんだし――」


 それは、すれ違い際の一瞬の出来事。横断歩道を渡っていた俺達のすぐ横で、鞄から拳銃を取り出し、震える手でその引き金を引いた一人の女性。「パン!」と、乾いた発砲音がした時には、全てが終わっていた。


 天理の背後から胸部にかけてに命中した銃弾。たった1発。そのたった1発が、致命的だった。


笹原ささはら!」


 力なく倒れ行く彼女を慌てて支える。一方の夕菜は、すぐさま犯人の女性を取り押さえていた。女性は30、40代くらいか。顔に覚えはないが、どうして天理を狙ったのだろう。


「……八神君? 私、どうなってるの? 急に身体から力が抜けて――」


 まさか痛みを感じていないのか。


 痛みを感じないのは、脳がその傷が危険であると判断し、痛覚を麻痺させている証拠。つまり、それだけ重症ということである。


 見たところ、弾は貫通していない。まだ彼女の体内に銃弾が残っているということだ。このままでは治療のしようもない。


「待ってろ! 今、銃弾を取り除くから!」


 銃弾さえ取り除くことが出来れば、後は術でも魔法でも何でも使って、助けることが出来る。そう、銃弾さえなければ。


 知識はある。技術もある。しかし道具もなければ、時間もない。この出血量。放って置けば、彼女の命はあと数分も持たないだろう。


 俺は魔力を使って、天理の体内の様子を探る。銃弾があるのは、右肺の辺りか。この位置なら心臓を傷つける心配はなさそうだ。本当はピンセット状の物がいいのだが、今はそんなものは持っていない。代わりにナイフを取り出して、傷口に宛がった。


「今から銃弾を取り除く! もしかしたら痛いかも知れないけど、我慢してくれ!」


 天理から反応はない。もしかして、もう意識がなくなっているのか。だとしたら一刻を争う。俺は急いで、傷口からナイフを刺し込み、銃弾をえぐり出した。傷口は広がってしまったが、背に腹は代えられない。


「あとは治癒の術式で……」


 印を結んだが、俺は気付いてしまった。その時、既に彼女の心臓が鼓動を止めてしまっていたことに。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る