第40話 怪しい気配

 それに気づいたのは、ある日の登校時間のこと。いつもの場所で、夕菜ゆうな天理あまりと合流した時だった。


「……見られてるな」

「やっぱり気付いた?」


 どこからか向けられている視線。学生達からではない。もっと遠く。学校の敷地外から誰かの覗き見られている感じだ。


「認識阻害の術式かな。場所が特定出来ない」

「寮を出た時からずっとなのよ。その割には何かを仕掛けてくる様子でもないし」


 術式まで使って居場所を誤魔化しているのだから、何かしらの前触れなのだろうが、流石に相手の思惑までは測ることが出来なかった。とは言え、覗き見られているというのは、それだで精神衛生上よくない。相手が認識阻害を行っているのであれば、こちらもそれにならおうではないか。


 女子寮を出た時からと言うことは、ターゲットは、夕菜か天理のどちらかということ。退魔師が狙いなら夕菜だけを監視するということなはいだろうし、そうなると天理がターゲットということになる。


 メディアへの露出がこれまで以上に増えた天理の現状を考えれば、それにともなういざこざも増えるのは道理。以前、天理の同業者に協力し、妖をけしかけた何者かがいまだに見つかっていないことを踏まえると、今回も同じ人物が関わっているとも考えられる。


 とにかく、相手が誰であれ、俺の日常に石を投じようとするなら、見過ごすことは出来ない。今は天理の護衛という立場ではないが、友人が危険な目に遭おうとしているのなら、救いの手を差し伸べるのも、人として当然のことだろう。


「気にし過ぎじゃない? 私、有名人だし、見られるのも仕事の内だよ?」

「ただのファンが相手ならそれでもいいけど、ただのファンは認識阻害なんて使わない。最大限気をつけるべきだ」


 あっけらかんとしている天理を他所よそに、俺は認識阻害の術式で自分達を覆い、監視の目が届かないようにした。


 それでも、相手は諦めることなくこちらを監視し続ける。その執念たるや、親の敵でも見ているかのようだ。


 俺は夕菜と協力し、天理が一人にならないように気を配りつつ、術式も使って監視の目を誤魔化し続ける。少しでも隙を見せたら、狙撃銃の弾丸でも飛んできそうな緊迫感。一時は犯人を捜そうとも考えたが、よほど隠蔽術式に長けているのか、なかなか相手に辿り着くことが出来ず。ろくな成果も上げられないまま、一週間が経った。


「何もして来ないんでしょ~? そんなに気ぃ張ってたら持たないよ~?」


 もちろん何もないに越したことはない。しかし、この緊迫感を生み出しているのは、間違いなく視線のぬしだ。何をもって天理を狙っているのかはわからないが、執念深さは間違いなく一級品。この視線を向けられている以上、天理を直接見させる訳には行かない。


「いいや。こればっかりは見過ごせない。何かあってからじゃ遅いんだからな」

「流石に、こいつに同意。別にあんたを心配してる訳じゃないけど、あたしの目の届く範囲で人死ひとじになんて出たら、夢見が悪いしね」


 夕菜は素直ではないので言い方は悪いが、これで存外ぞんがい仲間思いなのだ。いざとなれば、全力で天理を守ってくれるだろう。


 とりあえず、天理には外出を控えてもらい、夕菜は警護、俺は犯人探しに勤しむ。時折、スマホで夕菜と情報を交換しながら、俺はひたすら視線の元を探し続けた。


 この時の俺は、決して油断はしていなかったし、状況を甘くも見ていなかったと思う。それでも裏をかかれたのは、人の負の念が成せるわざか。


 そう。今回、俺は負けることになる。それは、この人生における絶対的な汚点。決して拭うことの出来ない、俺の後悔。


 ことが起こったのは、それから3日後のこと。しくもその日は、天理の17歳の誕生日だった。

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