第36話 敵は倒せど、残る謎

 連発する術式の種類を少しずつ変更し、妖の立ち位置を調整して行く。向かう先には、先行して急激な上昇気流を発生させる術式を配置してあるので、そこに誘導出来れば、俺の勝ちだ。


 相手に悟られないよう、慎重に。しかしダメージを絶やさないため大胆に、豪快に。この攻撃で倒す必要はない。あくまで移動の間、敵が防御に専念せざるを得ない状況を作ればいいのである。


 駐車場で一番開けた場所。そこに誘導し終えるまでに、5分を要し、ようやくその場に辿り着く。伏せてあった術式が発動し、急激な上昇気流が、妖の身体を僅かに浮かした。


「ここだ!」


 ほんの一瞬。体勢を崩した妖の懐に飛び込み、錬気功で最大限まで強化した蹴りで、妖を空高くに蹴り上げる。その際、足元のコンクリートに大きなクレーターが出来てしまったが、これは必要な犠牲と言っていいだろう。


 あとは当初の予定通り、空高く舞い上がった妖に、とどめとなる術式をぶつけるだけ。上空に、飛行機などの障害物なし。これで後顧の憂いなく、最大出力の術を放つことが出来る。


 今回選んだのは、全てを焼き尽くす業火ごうかを、弓矢の形にして打ち出す術。一方向に狙いを定めるという点で、これ以上最適な術はないと言えよう。属性を火にしたのは、夕菜がやられたのが火属性の術式だったから。単に意趣返しの意味で選んだ訳である。


 妖もこちらの意図に気付いたのか、防御術式を重ねがけしているが、もう遅い。俺の放つ最大威力の術式は、防御結界くらいではばまれるものではないのだ。


「じゃあな、人型の妖! ご主人様によろしく!」


 人を呪わば穴ふたつ。これが何者かの手による呪いであるのなら、この妖を倒した時点で、呪ったぬし呪詛じゅそが帰る。人の命を狙ったのだから、その呪詛返しで自らの命が失われるのは仕方がない。やろうと思えば、呪詛返しごと祓うことも出来るには出来るが、流石の俺も、そこまで気を回すつもりはないので、なるようにしかならないだろう。


 俺の手から放たれた炎の矢は、真っ直ぐに妖に向かい、防御術式を難なく突破して、見事、妖を討ち取った。その光景は、さながら炎の柱が天に昇ったかのよう。あとで聞いた話では、この現象は世界各国から観測され、物議を醸したとのこと。


 そして、同日。綾嶺あやみね天理あまりのライバル的立ち位置にあった某アイドルが、謎の焼死を遂げたと、各メディアの見出しを総なめにした。状況から察するに、そのアイドルというのが、今回、天理に呪いをかけた張本人ということだろう。これほど強力な呪いの方法を誰から教わったのかは不明なままだが、とりあえず、今回の護衛任務は完了ということになった。


 後日。正式に護衛任務完了の旨を伝える顔合わせの席で、俺は天理にこう問いかけた。


「で、これからどうするんです? やっぱり本土に戻りますか?」


 アイドル業を続けるのであれば、各地と交通の便のいい本土の方が、仕事はやりやすいはず。最先端都市とは言え、イザナギに残るメリットはない。そう思ったのだが。


「いえ、残りますけど~?」


 彼女の口から出たのは、意外な言葉だった。


「でも、仕事の都合とかありますよね? 流石に毎回イザナギと本土を行き来するのは手間でしょう?」

「それは……そうですけど~」


 どうも煮え切らない反応。何か口にしづらい理由でもあるのだろうか。


「ところで、八神やつがみさんは、冴杜さえもりさんと、お付き合いしてるんですか~?」


 もみあげ辺りの髪をクルクルと巻いてもてあそびながら、彼女は俺から視線を逸らし、頬を染めている。言いたいことは何となく察したが、まずは事実を告げるのが先だろうか。


「いいえ、俺と冴杜はそういう関係ではないですよ。まぁ、ただの友人という言葉で済むほど浅い付き合いではないですけど、少なくとも恋愛関係にはありません」

「……ちなみに、他にお付き合いしている女性は~?」

「いませんね」

「……そうですか~」


 満足気な天理の顔。これはひょっとして、必要以上に気に入られてしまったか。


 最後の人生。いずれは恋愛も。とは思ってはいたが、相手がアイドルとなると話が跳躍し過ぎていて実感が湧かない。所詮、ただのつり橋効果。そのうちに興味は薄らいで行くと思いたいところだ。


 とにかく、諸々の脅威は去ったものの、この日から俺は、笹原天理に付きまとわれることとなってしまう。何故だか、それに対していい顔をしない夕菜の視線にも晒され、居心地の悪い日々を過ごすことになるのだが、それはまた少し先の話だ。

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