第19話 イザナギへ

 迎えた夏休み半ば。


 千葉県東部からフェリーに乗って数時間が経ち、やって来たのは巨大人工浮島メガフロートイザナギの上。元からある大地かのようにしっかりとした足場は、ここがメガフロートの上であることを感じさせない。数々の異世界を体験していなければ、俺はこれほどの人工浮島の存在を受け入れ切れなかっただろう。


「ここがイザナギ? 人工浮島なんて言うからどんなものかって期待してたのに、これじゃあ拍子抜けだわ」


 隣にいる夕菜が、辺りを見渡しながら言った。確かに、沿岸部でもなければ、ここが人工物で出来ていることなど、一目ではわからない。港付近にも、割りと大きな建物がいくつも建っているし、ここに来る前にいた千葉の港と遜色ないと言える。むしろ、町として新しい分、随所に最先端技術が見て取れるのだから、これはこれで面白いと思えた。


「そりゃ~、人工とは言え島なんだから、構造以外は普通の島とそんなに変らないだろうさ」


 俺の代わりに夕菜の言葉に反応した人物。この人が、今回俺の任務における専属の鍛冶職人であり、当分の間、俺の保護者扱いとなる女性――八神やつがみ詩音しおんだ。


 見た目は筋肉質なワイルド系美女。金髪に染めた長い髪をポニーテールにまとめた姿は、男性ならつい目で追ってしまいたくなるだろう。年齢は今年で21歳になると聞く。最初に顔合わせした時は俺も驚いたが、この歳で既に一流の鍛冶職人として名を馳せているらしい。俺の霞一文字も、彼女の作なのだとか。


 流石に一緒に学校の寮に入る訳にも行かないので、学校近くに新しく建てられた工房兼住居に住むことになると言う。


「しかし、実際にこうして降り立つと、改めて凄さがわかりますね。これを造った技術者の方々に感服いたします」


 そして、もう一人。夕菜の隣に控えている成人女性。彼女は夕菜の専属鍛冶職人で、名を冴杜さえもり雪乃ゆきのと言うそうだ。


 こちらは詩音と違って清楚系美女。しっとりとした長い黒髪の持ち主で、とても鍛冶をおこなう人間には見えないが、これでも詩音と肩を並べるほどの職人だと聞く。


「いや、しっかし。まさかお前と同じ任に就くとはな、雪乃」

「詩音こそ。まさか子どもの面倒を見るような性格だとは思っていませんでした」

「そりゃ~当主様直々に依頼されちまったら断われないさ。もっとも、そのご当主様から、「こいつは面倒がかからない」って太鼓判を押されてるけどな」

「そんなこと言って。どれほど傑物であろうとまだ子どもなのですから、私達のお役目は重大ですよ?」


 両者の話し振りから察するに、2人は昔から面識があるのだろう。それも相当、仲がいいと見える。タイプはまるで違うように見えるが、同じ職人同士、通じるものがあったのかも知れない。


「固いことはいいじゃね~か。それとも、子ども扱いして欲しいかい? 坊ちゃん?」

「子どもなのは事実なので文句は言いませんが、必要以上に子ども扱いしてくれなくていいですよ。俺だって任務で来てるんですから。それと、前にも言いましたが、坊ちゃんじゃなくて、名前で呼んでください」


 身体は子どもでも、中身は大人――と表現していいかわからないが、とにかく子どもではないのである。あからさまな子ども扱いは、正直気が引けるので勘弁してもらいたいところだ。


「……だとよ?」

「……もう、好きにしてください」


 話がついたところで、早速役所へと移動。諸々引越しに必要な手続きを済ませたら、今度は学校へ。話は既に通っているので、思いの他スムーズに入校の手続きも済み、寮へと案内された。


 もちろん俺は男子寮。夕菜は女子寮である。荷物の開梱と整理を詩音に手伝ってもらい、粗方片付いたところで解散。詩音は工房へと向ったのだった。


 任務遂行に当たり、俺に宛がわれたのは個室。大抵は2人部屋だということなので、相当便宜を図ってくれた結果なのだろう。これなら部屋の中で身体を動かすような鍛錬をしていても怪しまれることはない。


 さて、一通り部屋周りのことが終わったので、今度は夕菜と合流して、周囲の散策だ。あらかじめ地図は頭に叩き込んで来たが、それでも実際の地理を把握するには、現場を見て回るのが一番。一般生徒が帰省している間に、学校の守備を固めてしまおうというのが、夕菜との共通見解だ。


 少々遅れてやって来た夕菜とともに、学校周辺を歩いて回る。とても人工浮島の上とは思えないほど、緑豊かな敷地。緑が多いのは結構なことだが、見晴らしが悪い分、妖にとっては身を隠しやすい環境と言える。


「やっぱり、広域結界で学校全体を包んじまうのが早いんじゃないか?」

「それだと巫力を食い過ぎるでしょ? あんたの巫力はただでさえ少ないんだし、ここは探知結界だけ張って、即応体制を整えた方がいいと思う」


 夕菜の言い分を否定したい訳ではないが、彼女の案では、場合によっては一般生徒に被害が出かねない。いくら即応体制を整えたところで、妖の出現から瞬時に現着出来る訳ではないのだから。


 とは言え、俺が拒否したところで彼女が引くとは思えない。仕方なく、探知結界だけ張ったように見せかけて、学校の敷地全体を、守護の神性結界で覆うことで、俺はその場をやり過ごしたのだった。

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