第4章 波乱だらけの少年期③

第45話 新しい任務

 天理あまりの死から1年。彼女がいない日々にもすっかり慣れてしまい、それなりに平穏な日常を送っていた俺達の下に、新しい任務の通達があった。


 最初にその内容を聞いた時には驚いたが、同時に「ついにこの時が来たか」と納得も行く。その任務の内容とは、ずばり、悪質な退魔師の捜査、及び討伐であった。


 話を聞く限り、どうやら俺や夕菜ゆうなの他にも、同じ退魔師からちょっかいをかけられる五柱が後を絶たなかったらしい。これは一つの家の話に留まらず、何らかの組織立った行動であると、上は判断したようだ。


 ちなみに、これは五柱に限った極秘任務らしく、他の退魔師には通達されていないとのこと。おかみの、現五柱に向ける信頼と、ここ数年の一般退魔師による悪質な行為によって生じた懐疑心かいぎしんが、透けて見えるようだ。


 ともあれ、俺と夕菜は本土に呼び戻される流れとなり、他の五柱とチームを組まされることに。メンバーは全部で5人。それぞれの家から一名ずつ。それが何チームも存在するのだとか。


「よう。お前らが八神やつがみ冴杜さえもりか?」


 今日はチームの初対面の日。退魔庁庁舎の一室で、俺達を待ち受けていた男性の一人が、真っ先に声を上げる。


「はい。俺が八神朝陽あさひで、こっちが――」

「冴杜夕菜」


 相変わらず無愛想で、そっけない挨拶しかしない夕菜。対する相手は俺達よりも年上だ。同じ五柱とは言え、あまり失礼な態度だと、相手の機嫌を損ねかねないと言うのに。


「なるほど、その名前は聞いてるぜ。アイドルだか何だかを、たかだか一般人から守りきれなかったっていう無能だろ?」


 明らかなあお文句もんく。事実なので反論の余地もないが、その言い方だと夕菜が黙っていないだろう。


「そう言うあんたは、火鷹ほだか家の三男だったかしら。能力不足で妖を取り逃したとか言う。お役目でそんな失態をしておいて、よく言うわ」


 案の定。口喧嘩くちげんかが始まってしまった。火鷹家の三男と言えば、名前は確か光臣みつおみだったか。赤く染めた短髪に、厳つい剃り込みの入った、気合の入ったで立ち。こちらと違い既に成人している身だが、多少性格に難ありという噂は確かだったらしい。


「ああ!? んだとガキ! こっちは妖、そっちは人間。同じ失敗だとしても明確な差があるだろうが!」

「それを言うなら、こっちはオフの時間、そっちはお役目! どっちの失態が大きいかなんて、それこそ一目瞭然だと思うけど?」


 しかし、棘のある性格という点では、夕菜も負けていないのである。チームを組ませるには、いささか無理のある組み合わせのように感じるのだが。


「はいはい、そこまで。私達は喧嘩けんかをするために集められたんじゃないのよ?」


 両者の間に割って入ったのは、夕菜の他では、メンバーで唯一の女性。確か天宮あまのみや家の長女、名を清雫しずくと言ったはず。夕菜と違い豊満な肉体は、とても戦闘には向いていないように思うが、これでも若手の中ではトップの実力者と言われている逸材だ。


「そうだ。我々はこれから、常時行動を共にすることになるんだぞ? 初対面から仲違なかたがいしていてどうする」


 清雫に賛同したのは、メンバー最後の一人。彼のことも情報だけは知っている。彼の名は虚瀬うつせ清信きよのぶ。虚瀬家の次男坊だ。長めの前髪から除く切れながの目は、女子ウケがよさそうに見える。火鷹家の三男坊と違い、こちらは温厚で真面目な性格らしいので、上手いことこの場を取り成してくれると助かるのだが。


「でもよ~。こんな大した実績のないガキと一緒で、お前は満足なのかよ?」

「これまでの実績の有無は、この際関係ない。この任務で、我々が実績を上げらるかが重要だ」

「実績は大事だろ。こいつ等のせいで他の連中に舐められのは我慢ならねぇ」

「そういう個々の思い上がりが、巡り巡って今回の件をまねいたんだぞ。それをわきまえろ」

「何だ~? 俺に説教しようって言うのかよ!」

「こらこら。喧嘩はダメって言ったでしょ? 光臣君も清信君も、もう少し落ち着きなさいな。それこそ年下の前でそんな姿を見せるなんて、みっともないわよ?」


 その一言で、渋々と言った感じながらではあったが、両者はほこを引いた。流石は若手ナンバーワンと言ったところ。周囲を従わせるカリスマ性も持っているらしい。


「2人とも、ごめんなさいね? こんな風に五柱全員が招集されることなんて稀だから、組み合わせによっては、こういう小さないざこざが起こるのよ」

「ああ、いえ。俺は大丈夫です。火鷹さんが言ったことは間違いではないですし……」

「ちょっと、あんた! あんなこと言われて悔しくない訳!?」

「ここで言い争ったって意味ないだろ。今は前を向く時だ」


 真実を言えば、もちろん思うところはある。しかし、ここで俺が声を荒げても、過去に起こったことは変らない。俺に出来るのは、天理あまりの件を教訓として、より多くの人を救うことだけだ。


「そういう訳で、状況を説明してください。メンバーから見るに、このチームのリーダーは天宮さんなんでしょう?」

「あら、鋭い。物分りのいい子は好きよ?」


 俺に向ってバチンとウインクをしてから、清雫は状況の説明に入る。俺達のチームに課せられた当面の任務は、今、都内で力をつけつつある退魔師の家系――篠崎しのざき家の監視。大きくは関東圏一帯を守護する立場にある、八神家の勢力内に属する家の1つだ。


 篠崎家が何かを企んでいるとしたら、その影響は都内全土に至る。それを任されたと言うことは、このメンバーへの期待値が高いと言うことに他ならない。何もなかった、と言うことにはならないだろう。


 こうして、俺は退魔師業界の闇へと足を踏み入れることとなった。

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