第22話 敵の正体、その可能性の話

「敵は、退魔士かも知れない」


 俺にとっては、もう随分前から考えていた可能性。相手が同業者で、五柱の座を狙っている場合だ。


 俺を直接狙った襲撃から始まり、その後も度々、謎の人物による介入があったのは事実。直接関係があるかはまだ不明だが、今回の任務だって無関係とは言い切れない。俺の知らないところで組織立った動きがあり、八神家を陥れようとする行動が繰り返されていると言うのなら、それははらうまで。夕菜を巻き込むようなことではない。


「はぁ? 敵が退魔師って……。そんなこと――」

「ここに来てからも、いろいろと調べた。退魔師の中には、研究目的と称して妖を生け捕りにする連中もいるらしい。そういった退魔師の中に、妖を使役する術式を編み出した者達がいるとしたら」


 夕菜は神妙な顔つきになる。それもそうだろう。同じ退魔師が、自分達を攻撃して来ているなど、考えたくもないことだ。異世界で何度もこういう経験のある俺はともかく、これが始めての彼女にとっては、ショックが大きいはず。


 そう。大抵の場合。大きな組織と言うのは一枚岩ではないものだ。退魔庁なる大組織があるこの日本では、当然、多くの派閥があり、虎視眈々と自分達に有利な政策になるよう狙っていると思われる。自分達が掲げる正義のためだったり、単に甘い密を吸うことが目的だったりと理由は様々だろうが、人とはそう簡単にわかり合えないものなのだ。


「仮にそれが事実だとしたら、あたし達は人間相手に闘わなければならないってことよね?」

「ああ。まだ確定ではないとは言え、覚悟はしておくべきだと思う」


 恐らく夕菜はこう考えている。「自分の槍で、人間を突くことが出来るか」と。もちろん訓練としては、何度も人間相手に立会いをしている。しかし、それはあくまで鍛錬のため。殺し合いが目的ではない。


 そんな彼女に、敵として立ちはだかった人間を殺すことが出来るか。


 俺も最初の転生の時に散々考えさせられた。敵とは何か。正義とは何か。生き物を殺すと言うことがどういうことなのか。俺の見解としては、結局は「自分の、そして自分の大切な人間の生命の維持のためならばやむを得ない」というところに落ち着いている。正義か悪かという話ではなく、生存競争なのだと、自分に言い聞かせて来た。


 それを、まだ子どもである夕菜に強いることは酷かも知れない。しかし、いずれは行き当たる壁。どちらにせよ、乗り越えなければ未来はないのである。


「こんな状況でも、あんたは落ち着いてるのね?」

「まさか。俺だって内心ではハラハラしてるよ」


 俺の嘘はいつまで彼女に通用するだろうか。女性と言うのは嘘を見抜くのが上手い。今でこそ、俺の人生のアドバンテージで誤魔化せているものの、その内に嘘をつく時の癖を見抜かれる可能性もある。


 嘘が効かなくなった時、彼女はどこまで俺の真実に踏み込んで来るだろう。何だかんだで、長い付き合いだ。それなりに良好な人間関係を築けているとは思うが、だからこそ明らかにしておきたいこともあるはず。もし深く踏み込んで来た時、俺はどこまで話すべきか。


「とにかく、これからは一緒に行動しよう。こっちが動きを変えれば、相手は必ず、それに対応しようとするはずだ」

「……もし、あんたが言ったことと、妖の動きが無関係だったら?」

「その時は2人で、過労で倒れるだけだ」


 俺がそう言うと、夕菜は噴き出す。ここまで素直に笑い転げる彼女を見るのは、これが初めてかも知れない。普段からこれくらい素直だと、こちらとしては助かるのだが。


「まぁ、心にはめておくわよ。このままじゃジリ貧なのはあたしもわかってるし、何かしら手を打たなきゃなのは間違いないからね」

「話が早くて助かるよ」

「とは言え、あんたの超火力に巻き込まれないように気を付けないとなんだから、どっちにせよ大変なのは変らないんだけど」

「大丈夫だ。お前の思考や動きは把握してる。完璧に合わせてやるさ」


 どれだけ混戦でも、夕菜には当てない自信がある。散々一緒に鍛錬を積んで来たのだ。今更彼女の戦闘パターンを見誤ったりはしない。


 俺としては、「戦闘面では信頼してくれていい」というつもりで言ったのだが、夕菜は何故か赤面して、俺のすねに蹴りを入れて来た。よくわからないが、どうやら俺は言葉の選び方を間違えたらしい。脛の痛みに耐えつつ、次は間違えないようにと、俺は今の状況を胸に刻んだ。

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