第2話 退魔師の家系

 縮豪結界しゅくごうけっかい。既に張られている結界を縮小、圧縮して、敵性存在を封じ込める技。


 あれは何回目の転生の時であったか。確か『妖夢ようむ』と呼ばれる、人の夢から産まれる化け物がいる世界だった。その世界において縮豪結界しゅくごうけっかいは、妖夢を倒すための一般的な戦闘術であり、当時の俺も幼少の頃から散々修行をさせられた術である。


 チートとして与えられた能力ではなく、後天的に習得した技術なのだから、理論さえ理解していれば、あるいは再現することも出来るかも知れない。


 そういうことで、俺は家を包んでいる結界に干渉を開始する。とは言え、一口に結界と言っても、世界によって、術式の組み方は様々。これは発達した言語や文化体型が異なっているからであり、現代日本に近い世界で、日本語や日本文化を下地にした術式となると、読み解くのに時間がかかりそうだ。


 この時点でわかったのは、この結界の術式に道具は用いられていないと言うこと。形代かたしろなど、媒介となる術具じゅつぐが存在しないとなると、何らかの力をじかに結界の形に成形していることになる。


 つまり、その『何らかの力』の正体を突き止めない限り、結界の操作は出来ない。となると、あとはその力が何に由来するものなのかを探る必要がある。あまり時間はかけられないはずなので、手短に、大胆に、予測を立てて実際に干渉してみることにした。


 俺は結界の術式に目を凝らし、その中に流れるエネルギーを観察する。真っ先に試してみるのは精神力。人によって個人差が大きく、融通も利きづらいこのエネルギーには、俺も随分苦労させられた。


 このエネルギーを扱うのに必要なのは、明確な精神性。揺らがない精神、具体的な自身のあり方など、形にするのが困難なものをエネルギーに変換する。なので、発現する能力も独創的なものが多く、各々おのおのの固有能力になることが多い。


 そんなものを術者以外が操作するなど、本来であれば不可能であろうが、そこは果てしない数の転生を繰り返して来た俺である。使用者の精神性を紐解き、解析し、再現することで、干渉を可能とするのだ。


 ゆっくりと息を吐き、自らの精神を研ぎ澄ます。あとは調整。術式を辿りながら、使用者の精神性を読み解く。どうやら経過は良好。この線で間違いない。


「……朝陽?」


 母親からは、今の俺がどのように見えているのか。生命の危機にあって泣くこともなく、虚空を見詰める赤子など、見ていて気持ちのよいものではないはずだ。


 それでも、俺は抗う。せっかくこうして、隠居生活のために最後の転生をしたのだ。こんな形で終わるのは納得出来ない。今後、平穏無事な人生を歩むべく、少なくとも今この瞬間は、転生者として力を振るおう。そう決めた俺は、結界術式の制御を自らのものとして、縮豪結界しゅくごうけっかいを発動させた。


 急速に縮んで行く結界。俺達に迫りつつあった何者かは、子どもの手の平サイズに縮小した結界内に捕らわれ、その動きを止める。元々結界の守られていた側の俺達や、家の建物に被害はない。


 どうやら敵の数は一体。詳しくはこれから調べる必要があるが、俺が知る中で当てはめるのなら、恐らく妖魔の類だ。これが母の言っていた妖ということだろう。こんなものが存在しているとなると、今後の生活も安全とは言い難い。まったく、オルフェリーゼのやつは何をしてくれたのか。これでは元の現代日本とは似ているだけで別世界だ。


「これ、朝陽がやったの?」


 手の平サイズになった結界を見て、母親が言う。この身体ではまだクーイングするくらいが関の山なので、何とかそれで反応を返した。


「あー、うー」


 すると母親は苦笑して、首を横に振る。


「流石に何を言っているかはわからないわね。でも、この場には私とこの子しかいないし、あれは間違いなくこの子が起こした。これが退魔師の名門、八神やつがみ家の血なのかしら」


 母親は俺を抱き上げ、優しく抱擁してくれた。いつ体験しても心地いい。母親のぬくもりだ。


「ありがとう、朝陽」

「くー」


 そうして、とりあえず今回の騒動は幕を閉じる。退魔師と言う不穏なワードに、多少の危機感を覚えつつも、身体の方は疲れてしまったのか、急激に眠気がやって来た。


 縮豪結界は、乳児が使うには過ぎた力だ。消耗するもの無理はない。しかし、今後もあのような存在が襲い掛かってくると言うのなら、何らかの対策を練る必要がある。次に目を覚ましたら、この妖と結界術式の細かい解析をしよう。そう、計画を立てたところで、俺の意識は完全に暗転したのだった。


 どうしてこうなった?


 これじゃあ今までと変らないじゃないか!

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