第29話 アイドルの護衛

 その話が舞い込んだのは、3月の暮れ。そろそろ進級し、中学2年に上がろうとしている頃だった。


 何でも、今をときめく中学生アイドルが、妖被害に遭っているとのこと。本土にいる退魔師が対処に当たっていたのだが、あまりの遭遇率に本人が引越しを強く求め、急遽イザナギへの移住が決まったらしい。


 中学も、芸能人ばかりが集まる芸能学校から、イザナギにある普通校に転校するという徹底っぷり。一般人からすれば、妖など関わりたくないに決まっているので、気持ちはわからないでもない。


 そういう訳で、イザナギでの安全が確認出来るまでという条件付きで、俺と夕菜にお鉢が回ってきた訳である。普段はクラスメイトとして接しつつ、登校と下校時に付き添い、何かあれば休日も行動をともにせよとのお達し。


 この間のイザナギ防衛の任に比べれば、大したことはない警護任務。俺も夕菜も、そんな風に考えていた。実際に彼女に出会うまでは。


「本当に大丈夫なんですか~? この人達、まだ子どもじゃないですか~」


 初顔合わせの日。俺達を目にした彼女の開口一番の言葉がこれである。


 見た目は完璧美少女。夕菜だって常に同級生男子の視線を釘付けにする顔立ちだが、彼女のそれは、何と言うか格が違った。天性の美貌というのはこういうものを言うのかと、改めて感心したほどだ。


 同年代でありながら、幅広い年齢層の視線を独占する、世をときめかすアイドル。小顔で整った顔立ちなのはもちろんのこと、立ち居振る舞い、ちょっとした仕草をとっても、人の目を惹く逸材。こういう人間が芸能界でのし上がって行くのだと、そう思わされる。


 しかし、内面がともなっているかと問われれば、初見の印象ではノー。もちろん、今はオフなのだから、営業モードではないのはわかる。四六時中アイドルでいろなどと強要するつもりもない。が、流石にこの態度はあんまりではないだろうか。隣に視線を向ければ、夕菜が、笑顔ながら相当頭に来ていることが窺える。


「実力は信用してくれていいですよ? こう見えても、お2人とも実績は充分です。必ずや、アマリさんを完璧に守ってくれます」


 彼女に俺達を推薦したと言う退魔庁の関係者という男性が、そう説明した。


 綾嶺あやみね天理あまり。これはあくまで芸名であって、本名は笹原ささはら天理あまりというらしい。俺は業界のことには詳しくないが、この歳で芸名を持っているとは、なかなか珍しいのではないだろうか。


「笹原――いや、綾嶺さんとお呼びするのがいいですか? はじめまして、八神やつがみ朝陽あさひといいます」

「……冴杜さえもり夕菜ゆうな


 俺が精一杯、愛想をよくしているというのに、腹を立てている夕菜は無愛想なまま。流石にこれでは、護衛対象との信頼関係が築けない。


「おい、冴杜。これもお役目なんだから、もうちょっとちゃんとしてくれ」

「はぁ? 失礼な奴に礼を尽くす必要はないでしょ。同世代なら尚更」

「お役目を果たせなかったら家名に傷が付く。それはお前だって本望ではないだろ?」


 流石に家名に泥を塗る訳にも行かないと、夕菜は複雑そうな顔をする。


「そちらの方は、あまり乗り気ではないようですけど~」

「ああ~、大丈夫ですよ。こう見えても真面目な奴ですので。お役目で手を抜いたりはしません」

「……そういうあなたは、何が出来るんですか~?」


 こちらが子どもだからと、舐めてかかっているのは言うまでもない。しかし、この程度で腹を立てるほど、俺は子どもではないのだ。思春期真っ盛りの夕菜には無理でも、そんなものとは無縁の俺は冷静に対処することが出来る。


「妖の探知から駆除まで一通りは。生憎、今それを証明するすべはありませんけど」


 この場で刀を抜いたり、術式を行使する訳にも行かない。退魔師の実力というのは、他者からはわかりにくいものだ。ましてや、相手は一般人。戦闘力の高さを気配からうかがうなど出来る訳もない。


「例え綾嶺さんからの信用を得られなくても、俺はあなたを守りますよ」

「口では何とでも言えますよね~。もし守り切れないなんてことになったら、どう責任を取るんですか~?」


 自分の命がかかっているのだから、彼女だって妥協は出来ないのだろう。その気持ちを蔑ろにする訳にも行かない。だから、俺はあえてこう言うことにした。


「アイドルと違って、俺達の仕事は人の命に直結します。失敗とは、すなわち自らの死。責任を取る以前の問題です。だからこそ、あえて断言しましょう」


 俺は覚悟の重さを視線に込めて、彼女にぶつけつつ、先をつづる。


「俺の庇護下にいる以上、あなたの無事は保障されます。妖だけじゃない。あらゆる脅威から、あなたを守って見せますよ」


 静まり返った室内に、俺の声だけが木霊こだました。

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