第38話 夕菜の新装備

 案の定、ついて来てしまった天理あまりの姿を見て、雪乃ゆきのは眉をひそめる。


「どうして笹原さんが一緒にいるんですか?」


 雪乃の言うことはもっとも。本来であれば、俺ですら他家の工房と言うことで出入りが制限されるところ、天理に至ってはただの一般人だ。見られて困るようなものは置いていないが、そうホイホイと見せびらかすものでもない。


「いや~、努力はしたんですよ?」

「八神はこいつに甘いんだよ。言って聞かせるだけじゃ効かないのはわかってるんだから、もっと普段から強気で接した方がいい」


 夕菜ゆうなの言う通り、普段からはっきりと伝えた方がいいのだろうか。俺にその気がないとは言え、好意を向けてくれる相手を邪険には扱いにくいのだが。


「私が聞いてわかる話なんですか~?」

「専門性の高い話なので、笹原さんには理解できないとは思いますが……」

「なら、私がこの場にいても何も問題ないように思いますけど~?」


 何がなんでもこの場を離れるつもりはないとでも言いたげに、ますます俺の腕に強くしがみ付く天理。夕菜のそれよりもたわわに実った天理のバストは、俺の腕に沿って「むにゅ」っと形を変える。


 それを見た夕菜は、これ見よがしに舌打ちをして見せた。


朝陽あさひさん。あなたの女性の趣味にとやかく言うつもりはありませんが、夕菜さんとの信頼関係に悪影響が出ないようにしていただきたいのですが?」

「俺だって、出来ればそうしたいと思ってます」

「……どうだか」


 雪乃の視線が痛い。だが、そんなに俺が悪いのだろうか。俺は俺でちゃんと事情を説明をした上で同行を断ったのに、天理側がそれを受け入れてくれなかったのである。あの時の会話の感じからすると、俺の交渉術がいかに優れていたとしても、同じ結果になっただろう。俺の怠慢ということは、決してないはずだ。


「……いいわよ、雪乃さん。とりあえず話を進めて頂戴」

「……まぁ、夕菜さんがそう言うなら」


 そう言って、雪乃は一旦工房の奥に引っ込み、何やら手にして、再び俺達の前に戻って来る。


「朝陽さんのアイデアを元に作成した、術式絶縁じゅつしきぜつえん機能を付加したインナースーツです」


 以前の天理の護衛時に、妖の術式で大きなダメージを受けた夕菜。その時の経験を踏まえ、不測の事態におけるダメージを少しでも軽減できるようにと提案した、最新型のスーツだ。普段から服の下に着込めるよう、インナースーツにしてもらった訳だが、ここまで薄型に仕上げるのに、時間がかかってしまったのだと言う。


「術式絶縁って。あんな妖、そうしょっちゅう出くわすものじゃないと思うけど――」


 確かに、あの日から今日まで、術式を扱う妖とは遭遇したことがない。だが、俺はそれを警戒しておくべきだと感じていた。そもそも、出所が不明という時点で、安心出来たものではない。今後も同じような妖が出て来ないとも限らないのだから、準備はしておいて損と言うことはないだろう。


「って言うより、これじゃあまるで――」


 夕菜はその先を口にはしなかったが、何と言おうとしたのかはわかった。彼女はこう言いたかったのだ。「これではまるで、退魔師と戦うための装備のようだ」と。


 俺の見解としては、当らずとも遠からず。確証がある訳ではないが、あの時の妖も、退魔師が関わっていたのだと、俺は思っている。


 以前俺達に敵対した草薙家はもうないとは言え、他に同じような企みをしている家がないとも限らない。もし、敵対的な退魔師が背後にいたとしたら、今後も術式によるダメージを負うことは想定しておいた方がいいだろう。


 俺ははともかく、夕菜はどちらかというと「やられる前にやる」タイプなので、防御がおろそかになりがちだ。それをサポートする意味でも、今回の新装備は役に立ってくれるはず。インナーであれば、それほど目立たないだろうし、夕菜も着るのを嫌がることなはいと思うのだが、果たして結果はどうか。


 視線が集まる中。夕菜はそれを受け取り、広げて見てから、小さくため息をついた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る