第26話 この日の最終決戦に向けて

 敵側に動きがあったと悟ったのは、4番目の現場である住宅街に到着しようかという頃。探知結界に、これまでにない規模の妖の移動反応があったのだ。恐らく移動元は、5箇所目の現場だろう。


 流石に、俺が言い出すまでもなく、夕菜も気付いたらしい。


「ちょっと、これ。まずくない?」


 彼女が焦るのも無理はないだろう。住宅街に集結しつつある妖の数は、少なく見積もっても1000はくだらない。これまでとは比べものにならない数の妖が、大挙して押し寄せて来ているのである。


 時刻は、そろそろ就寝が始まろうという時間だが、同時多発的な妖の出現で、それどころではない人が多いはず。家から避難し損ねた人もいるだろうし、逆に出先から家に帰れずにいる人もいるだろう。まとまって行動しようという、こちらの判断の影響もあるとは言え、一般の人間を巻き込むことありきで立てられた相手の計画は、迷惑極まりない。


 避難状況が把握しづらいので、少しの無茶も出来ない状況。流石に大技に頼った、力押しという訳にも行かない。少なくとも、火力担当の俺への対策はばっちりと言えた。しかし。


「いいや。この状況は相手も追い込まれてるって言う証明だ。これさえ乗り切れば、今回の騒動はおしまいのはず」

「にしたって、流石にこの数は……」


 才能の上に胡坐あぐらをかかず、日々鍛錬に座学にと励んで来た夕菜だ。この妖の数を前にするということがどういうことであるのか、薄々感付いているのだろう。


「何なら、先に退避してくれてもいいぜ? ここは俺が一人で何とかするから」


 おびえている人間を戦場に立たせる訳には行かない。脅えとは心の隙だ。いくら実力があったとしても、心が伴わない人間は弱い。彼女にここで死んでもらう訳には行かないので、避難をうながすことにする。


「バ、バッカじゃないの!? あの量を一人でとか、死ぬつもり!?」

「言い方は悪くなるけど、今のビビッてる冴杜と一緒にいるよりは、一人の方がマシだよ。脚、震えてるぞ?」


 夕菜の脚は、わずかにではあるが、震えていた。それが正常な人間の反応であろう。いかに才能があろうと、勝てない時は勝てないもの。引くことは決して悪ではない。


 言われた初めて気が付いたのだろう。夕菜は自らの脚の震えを見て、一層言葉を荒げた。


「何なのよ、この脚! ふざけんな! あたしは逃げないわよ! あんたが残るって言ってるのに、あたしだけ逃げられる訳ないでしょ!」


 夕菜は拳で自らの太ももを何度も叩く。しかし、脚の震えはおさまらない。


「大丈夫だよ、冴杜。俺はこんなところで死なないから」

「何を根拠に――」


 俺は夕菜に睡眠の術をかけ、眠らせた。倒れそうになる彼女を受け止め、たまたますぐ近くにあった公園のベンチに横たわらせる。


 ベンチ全体を防御結界で多重に包み、彼女の安全を確保。これだけやっておけば、ちょっとやそっとのことでは破られないだろう。


「悪いな。後で文句は全部聞いてやるから」


 そうして、俺は問題となる住宅街へと踏み込んだ。ここは人の世にあって魔境。そう言っても過言でないほどに、そこは妖で溢れている。その数たるや、見ているだけで息がつまりそうなほどだ。


「よくもまぁ、これだけの数の妖を集めたもんだ」


 俺は大きくため息をつく。もちろん無策で挑む訳ではない。住宅街及びそこに住む住民を守りつつ、妖だけを殲滅する方法。散々転生を繰り返してきた俺に、その方法が思い浮かばない訳がないではないか。


 いくつか方法はあるが、ここは敵の度肝を抜くために、あえて派手な方法を取らせてもらうことにする。すなわち、敵だけ別空間に引きずり込み、一撃の下に一網打尽にする、この世界では俺にしか出来ないであろう規格外の戦術。


「さて、いっちょやってやりますか!」


 俺は印を組んで、空間術式を起動する。対象とするのは俺と妖。そして俺を監視している数人の人間のみ。それ以外の建物や人間、ペットとして飼われている動物などは完全に除外。それは、かつてこの日本で成功させた魔法。『今は静かなる無窮の果てガーデンズオブアルティネイト』の術式変換版。


黒曜天蓋瀑布こくようてんがいばくふ!」


 夜の闇より暗いとばりが、周囲を包み、世界を隔てる。これからは俺による一方的な虐殺の始まりだ。せいぜい相手方には、その心の奥に刻み付けてもらおう。俺を敵に回すということがどういうことか。その身を持って知るといい。

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