第25話 敵だってバカじゃない

 3つ目の現場は、スタジアム。この日はサッカーの試合が行われていたようだが、最早それどころではなくなっているだろう。情報網に死傷者が上がって来ないので、今のところは避難が順調に進んでいると言うことか。


 あえて人の多い場所を狙い、ことを大きくしている割りには、被害を出したいと言う訳でもないらしい。あくまで俺達を誘い込むことが目的であって、一般人に危害を加えるつもりはないということでいいのだろうか。ここの見定めを誤ると、一気に被害が拡大する可能性があるので、注意が必要。


 判断は冷静に、身体の動きは常に全力で。それを維持するのは並の人間には難しいのだろうが、俺からすれば何度もこなして来たことの延長。決して驕ることなく、これまでの経験を的確に生かせば、今の状況にも充分対処できるはずだ。


「冴杜~! 大技行くぞ!」

「あっ、、えっ!? ちょ、ちょい待ち!?」


 などと考えつつも、これもまた分割思考の一つに過ぎない。メインの思考は、今は大量の妖相手に奮戦中だ。目の前の敵から気を逸らすなど愚者の行為。そういった不注意から命を落とした者を、過去に何度も見て来た俺が言うのだから、間違いない。


 それでも、分割思考の一つをこうしていているのは、相手の動向を漏らさず掴むためである。相手がどこの家の退魔師であるにしても、決定的な証拠がなければ、公的に追い詰めることは不可能。


 先ほどから付きまとっている2人組について調べてみたものの、どうやら2人とも正規の退魔師の家系ではないらしい。恐らく、どこぞの家の当主の隠し子といった具合なのだろう。一発で正体を見破らせないくらいには、相手も気を使っていると言うことだ。


「ちょっと! こっちの退避時間も考慮しなさいよ!」

「お前なら、これくらい余裕だろう?」

「そ・う・だ・け・ど! そういう問題じゃない!」


 スタジアムに来てから、付きまといの人数が増えている。追加で2人。どちらも女性のようだが、やはり退魔師のリストには載っていない家系らしい。俺達を監視するために、わざわざ用意したとでも言うのだろうか。それとも別件で使う予定だった手駒を、ここで使っただけなのだろうか。


 今にして思えば、幼少期に俺達の前に現れた謎の人物も、こういった手駒の一人だったのだろう。事実が明るみに出たら終わりなのだから、相手が慎重になるのは当然のこと。攻撃対象となっているのが、八神やつがみ家だけなのか、それとも冴杜を始めとした他の五柱も含まれているのかは定かではないものの、五柱入りを狙う家が一つだけである訳はない。


 複数の家が共謀して、現五柱をおとしめ、次期五柱入りを狙っている可能性。人間同士の争いに興味はないが、俺やその周囲の人間に危害を加えると言うのであれば話は別だ。現五柱の人々には、鍛錬などで散々世話になっているのだから、ここで彼等への侵攻を許すつもりもない。


 結局のところ、最終的には付きまといをしている人間を捕らえて、情報を引き出すのが、最短時間で問題を解決する唯一の方法なのだろう。尋問や拷問などしなくても、精神支配の魔法を使えば、情報を引き出すことなど容易なのだから。


「ほら、次のお客さんが来たぞ?」

「ああ~、もう! 妖ってほんと面倒くさい!」


 ともあれ、まずは妖の掃討が最優先。付きまといの位置はリアルタイムで把握しているので、その気になればいつでも術式で捕獲可能だ。


 俺は分割思考で情報を整理しつつ、夕菜とともに妖を祓って回る。向うべき現場はあと2つだ。その中で、相手が向こうから接触してくるのであればそれでよし。そうならないようなら、こちらから打って出ることにしよう。

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