第57話
「や、おはよう。よく眠れたかい?」
「……おはよう」
光一が寝室から出てくると、キッチンにいたリースがこちらに体半分振り向きながら朝の挨拶をしてきた。どこからか引っ張り出してきたであろうエプロンを着て、菜箸を片手に持った彼女の姿に驚きはしたものの、何とか大げさなリアクションをすることは避け、冷静であろうと努める。そう何度も出会う度に驚いていては色々な意味で心臓が持たない。
「今日は何か特別な日だったっけ? 念話じゃなくてわざわざ
「そう誤魔化さなくてもいいよ、今日はクラス対抗戦の日だろう? 私にとっても目的を果たしてくれるかどうかの日だしこういう日ぐらいサポートに回らせて欲しいな」
何か手伝おうと光一が台所に行くと、“座って座って”と言われて追い返されてしまいしょうがなくリビング中央に置かれたローテーブルにあぐらをかいて座る。それから数分と待たずに、エプロン姿のリースがお盆を持ってきた。その上にはご飯に味噌汁、それに焼き鮭と葉物のお浸しが入った小鉢が置かれていた。
「これ……リースが作ったのか」
「そうだよ、毎朝あんなゼリー飲料ばかり飲んでるのはあんまり良くは見えないからね。こういう日ぐらいちゃんとお腹を満たしていきなよ。ほら、冷めちゃうから早く食べて」
「お、おう」
急かされたのを合図にお盆の上に乗った朝食を食べ始める光一。
(うまっ、最近ロクなもん食べてなかったとはいえ、普通の朝食ってこんなに美味かったっけ)
光一が食べ終わったあたりでリースが青い包みに包まれた何かをテーブルに置いた。
「ほら、これも持って行っていきなよ。毎回あんなのじゃ力でないだろう?」
エプロンをほどきながら、リースはそれだけ言い残すと光の柱に飲まれて消える。人間界に顕現するにはかなりの魔力を消費するらしいが、それだけの魔力を使ってでも食事を作ってくれたのだ。
「こりゃ、失敗できない理由が増えたな」
一人になった部屋で朝食を食べ終えた光一は、そう呟きながら登校用のカバンにその包みを入れて行くのであった。
朝、光一が学園に入るといつもよりも騒がしい雰囲気を感じる。ざわざわと生徒たちは平穏を装おうとするもその表情は緊張や期待が見え隠れしている。Fクラスの教室の前に来た光一が扉を開けると、先に来ていたであろう生徒たちが一斉に光一の方を向く。
特に何か声をかけるわけでもなく、それでも妬みや嫉妬、畏怖が混ざった視線を受けながら教室に入り自分の席に座ろうとすると既に斎藤と国崎の二人は席について談笑をしていた。
「よ、光一。今日はゆっくりだな」
「おはよう、光一。アンタはあんまり変わらないわね」
光一はここしばらく、朝一番で修練場に行っていたのだが今日はクラス対抗戦のため生徒全員の修練場の使用を放課後まで禁ずるとされてしまったのでゆっくりと登校してきたというわけだ。
「今更ジタバタしても仕方ないからな、だったら朝からゆっくりして体力を温存したほうがいいだろ」
「ま、それもそうだな。それじゃあ時間になったら起こしてくれよ」
「……午前は授業でしょうが、テスト前になって泣いてもしらないわよ」
「うっ、それを言うなよ……」
そんな雑談をしながらも笹山が教室に入ってくるとざわざわとしていたクラスメイトたちも、一応席に着き午前中は滞りなく授業が進んでいく。
「ここか」
昼休みに入ったタイミングで、光一は第六シミュレーションルームと書かれた部屋の前に来ていた。生徒たちの雰囲気も盛り上がり、代表である光一に視線を向ける生徒たちも多かったので少しばかり落ち着いたところに行きたかっただ。
部屋の中はまるで病室の個室のような空間であり、その傍らに置かれたフルフェイスヘルメットのような機械さえなければ、学園の中とは思えない。
(おお……ちゃんとした弁当だ)
光一たち代表はこのシミュレーションルームから対抗戦のフィールドに入ることになっており、代表は昼休みからこの個室で待機していてもよいということのなので、これ幸いと光一はベットに腰掛けて傍らの小さなテーブルに今朝渡された包みを広げる。
包みの中身は、シンプルながらもしっかりと味付けされたおかずが詰められた弁当であった。冷めていても十分に美味になるよう味付けされたそれは、普段早食い気味であった光一もゆっくりと味わって食べるぐらいである。
「ごちそうさまでした」
そう呟き光一は弁当をカバンにしまうと、ベットに横たわり備え付けられたフルフェイスヘルメットのような機械、パルスギアを被る。
「ダイブ、イン」
小さく、そして確かにそのキーワードを口に出した瞬間に、光一の意識は一瞬の暗転を伴い戦いの場へと移るのであった。
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