第2話
「一人づつじゃと少々きついかの? 二人同時でもいいぞい」
健司が打たれた顎をさすりながら悔しがるのを尻目に、宗一郎は天河と久崎に向けて手招きをして軽く挑発をする。
「だったら遠慮なく行くわよ、おじいちゃん」
「手加減はしませんよ、お爺さん」
その挑発にそう言い返し、久崎が飛び出し助走を付けて右拳を突き出し宗一郎の顔面に見舞おうとする。しかし、宗一郎はそれを難なく避け、カウンターで手刀を彼女の顔面に降り下ろそうとしたその瞬間、
「俺を忘れて貰っちゃあ困るぜ」
「むっ!」
「ッ! 隙あり!」
天河が宗一郎の後ろから飛び蹴りを繰り出し、それに反応しようとした宗一郎が一瞬硬直する。その隙を見逃さず、久崎も掌底を宗一郎の顔目掛けて打つ。
「いい連携じゃ。だが、まだまだ爪が甘いの」
「「ッ!」」
二人の攻撃は宗一郎に決まったように思えたが、宗一郎は勢いのある分凛よりも早く技を出していた天河の足を掴むと、凛に向かって投げ飛ばす。天河が投げ飛ばされ、久崎と天河は二人揃って倒れてしまった。天河はいち早く立ち上がり反撃しようとしたが、
「久崎流 土固め」
「…………ッ!」
宗一郎が、二人の手と足を抑えるように上に乗っていた。力づくで脱出できそうなものなのだが、起き上がろうと力を入れた瞬間に、それを見透かしたように宗一郎がその部分に体重をかけることで、天河と久崎の二人は完全に押さえつけられてしまった。
「参り……ました」
「今回もわしの勝ちじゃな」
強く打った背中をさすりながら、悔しそうな顔を浮かべて二人は元の位置に戻る。
残ったのは光一ただ一人。それを見て、ほんの少し、誰も気が付かないほどに宗一郎の気合が薄れた「かかってきなさい」の言葉を受けて光一は宗一郎に向かっていく。結果は惨敗。あっさりと本気の初撃かわされ、カウンター気味の掌底を受けたと思えば次の瞬間には天井を見上げていた。
「やっぱ凛のじいさんは強ぇな」
「そうだな、まさか二人がかりで敵わないなんてな」
「やっぱりおじいちゃんは強いね、私ももっと頑張らないと」
本日の活動も終わり、天河達はそんな会話をしながら道場を出てそれぞれの家へと帰っていく。
(あ、晩飯買っていかないと)
一人帰る道すがら、冷蔵庫の中が空であったのを思い出し、最寄りのスーパーへ足を運び適当な総菜を買って帰る。
家に帰ると、手持ちの携帯に『今日は遅くなるから、先に食べておいて』と両親からメールが届いていた。
「…………」
夕食を済ませ、風呂も済ませた後のプライベートな時間。光一はベッドの上で今日の事を振り返っていた。
自分に武術の才能はない。そういうことにも気づかないほどの、愚直な男なら途方もない努力の果てに特別な“何か”になれたかもしれない。だが、彼は少しばかり優秀だった。自分の全てを賭け、何かになれなかった場合の事を考えると、いつのまにか彼は適度に手を抜きつつ上手く目の前の課題を避けるようになっていた。
「…………寝よ」
明日は土曜日だ、どこか気晴らしにでも行こう。そうすれば、この妙に沈んだ気分も晴れるだろう。そう考え、ネガティブになりつつある思考を無理やり中断して、光一は眠りにつくのであった。
「とりあえず外に出てはみたが…………暇だな」
時刻は土曜日の午後十二時過ぎといったところだろうか。休日ということもあり、最近の気晴らしがてらあてもなく外出してみたのはいいものの、近くの古本屋での立ち読みで午前を潰したところで、暇になってしまった。
今は近くの公園で、ベンチに座ってこれからどうしようかと考えを巡らしている最中だ。育ち盛りの男子高校生、適当に量の多さで売っているところにいけば外れないだろうなどと考えていると、
「そういやここ、人減ったな」
ふと、そんなことが口に出た。この公園は最近の煽りを受けて、色々な遊具が撤去された結果、いいとこ小さな滑り台と砂場、鉄棒があるくらいの公園になっていた。
おまけにGW明けで暑くなってくる時期で、今はお昼時だ。そんななか、この公園にわざわざ来る人もいないだろう。
「ま、昼食ってから適当にゲーセンでも……」
“うろつくかな”妥協するように呟いて、光一はベンチから立ち上がり出口の方を向いた時、
「…………」
思わず、言葉が途切れた。人気のない公園、一人の少女がこちらを覗き込むように見ていたからだ。
第一印象は、“神秘的”だと、月並みにそう思った。少女の持つ、アルビノかと思うくらいの白い髪に、ガラス細工のように透き通った青い瞳。光一は芸術というものを理解したことがなかったが、思わず見とれ、ため息が出るようなモノとはこういうものなのだと痛烈に体感した。
「ねえ…………」
「な、なん、だ? でしょうか?」
その少女に見とれ、動きを止めている間に声をかけられ、上ずった声が出た。そんな光一を笑いもせず、彼女は
「ちょっとこの町を案内してくれないかな?」
そう言って光一に手を差し出した。美人局じゃないか? それとも罰ゲーム? 様々な憶測が頭の中で飛び交ったが、
「ダメかい?」
その声を聴いて、引っ込めそうになった彼女の手を慌てて取った。
(この後、とんでもない不幸が来るかもしれないが関係ない。どうせ暇だったんだ。それに、こんな経験二度とないかもしれない)
半ば衝動的に手を握った光一を見て、少女は嬉しそうにクスリと笑う。
「ふふっ、ありがとう。そういえば、まだ名前を言ってなかったね」
「私の名前はリース、よろしくね」
恐らく、その名を忘れることは自分にとって一生ないだろう。根拠なく、そう確信していた。
「ん? どうしたの光一」
「いや、どこかで食事したいって言っていたけど、こんなところでいいのかなって……」
簡単な自己紹介をしながら歩き出した二人が、最初に入ったのはなんて事のない定食屋で、そんなところしか食事処を思いつかない自身の発想の貧困さを嘆きたいところだが、
「別にいいさ、こういうところに来た事なかったし、珍しくて楽しいよ」
「そ、そうか?」
それでもリースはもの珍しそうにメニューや内装を見回して、目を輝かせていた。
「リース……さんは、外国から来たんですか?」
「うーん、まあそんなところかな。あと、リースでいいよ、言葉も普通でいいさ」
適当に頼んだ定食を食べながら、なんとか話を弾ませようと光一は必死になる。が、悲しいかなそういった経験が無い彼にとって、それはかなりの難題であった。
「ね、光一。これなに?」
「ああ、それはなた豆だ。ジャックと豆の木のモデルにもなったやつだな」
「へー」
そんな彼の話でも、リースはもの珍しそうに耳を傾けてくれた。
「おっ、これはストライクってやつじゃないかな」
「ナイススロー、初めてとは思えないな」
「~~~♪ どうだった?」
「…………あ、ああ。思わず聞き惚れていたよ」
それからというもの、光一はなんとか町を楽しんでもらおうとロクに来たこともないカラオケやボウリング場を案内した。時折、道行く人から“なんでこんな奴と一緒に”と言わんばかりの視線が送られてきたが、そんなものを気にしていられるほど彼に余裕はなかった。
思い返してみれば、まともに異性と出かけたこともなかった光一にとって、リースを楽しませようとするのに精一杯でそんな嫉妬の目線をどうこうする余裕などなかった。
「あー、楽しかった。ありがとうね、光一。お蔭で此処の事をよく知れたよ」
「力になれて何より、これからどうするんだ? そろそろ暗くなってくるし、迷惑でなければ送っていくけど」
時刻はそろそろ六時半を過ぎる頃、空は赤く、住宅街の路地に備え付けられた街灯がちらほらと転倒し始め、あと数十分もすれば暗くなる時刻だ。そんな状態で女子を一人返すのも忍びない。心配から来た言葉だったが、送り狼とでも思われたらどうしようという嫌な考えが頭をよぎるも、前を歩くリースは嫌な顔一つすることもなく。
「うーん、私の帰るところ遠いからなぁ…………」
こちらに振り返り、後ろ歩きのまま人差し指を顎下に持っていき、考えるような姿勢をとった。白く照らされる左半身と、夕焼けで後ろから赤黒く照らされるリース。そのワンシーンを切り取れば、賞がとれそうなほど幻想的な情景だったが、それに見とれるよりも別の意味で光一の時は止まった。
「!? 危ないっ!!」
普段あまり車通りのない住宅街の路地で、何故こんなにスピードを出したトラックがいたのかは分からない。居眠り運転か、前方不注意か、それとも最近多いブレーキとアクセルの踏み間違いか、そんなことを考えるよりも先に、光一の体は飛び出していた。
「え?」
最後に光一のが見聞したのは、辛うじて突き飛ばしたリースが発した、頭が状況の理解に追いついていないだろう素っ頓狂な声とその表情であった。
(“とんでもない不幸がくるかもしれない”か、ハハッ、大当たりだな)
恐らく今、自分は地面に寝転がっているのだろう。目が明いているのか開いているのか確かではないのに光を感じられない、耳も聞こえない。ただ、体の一部がどうしようもなく熱いのと同時に、そこから暖かい何かが流れ出ていくのだけを感じる。
それからすぐ、体が芯から冷えていくのと同時に辛うじて出来ていた思考すらも、頭にもやがかかったように出来なくなっていく。ほどなくして彼は完全に意識を手放したのであった。
「…………」
意識を手放す瞬間、誰かが手を握ったような気がしたが、それを確かめることは出来なかった。
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