第3話

 …………………ここは、どこだ?

 

光一が意識を取り戻した時、最初に浮かんだ言葉はそれだった。いつの間にか横になっていた体を起こし辺りを見渡すと、地平線の先まであたり一面真っ白な世界。


(仮に生きていても、一生寝たきりでもおかしくない勢いでトラックに引かれたはず。しかし、周りの光景は病院では……無いだろう)

 

 脳裏に浮かぶのは眼前に迫りくるトラックと、それから守ろうと突き飛ばした少女の驚きに塗りつぶされた表情。痛みはなかったが、自分から暖かさが失われていったのを思い出し、“自分は死んだかもしれない”と想像するだけで吐き気がこみ上げてくる。

 しかし、そんなことよりも気になることがあった。


(リースは無事だろうか)


 咄嗟の事だったとはいえ、命がけで救おうとしたのだ。出来れば生きていて欲しい、そして少しでも自分の事を覚えていて欲しい。そんなことを願いながら自分は死んだのか、生きているのか、そしてここはどこなのか。その疑問に少しでも答えをだそうと、とりあえず再度周りを見渡すと。


「やあ、目は覚めたかい?」


 後ろから声がした。透き通るようなその声を忘れるわけがない。

光一はその声に驚き、その場から飛び退いてしまう。後ろに振り返ると、そこには先ほど突き飛ばしたはずのリースが不思議そうな表情で佇んでいた。

  

「ありゃ、驚かせちゃったかな。安心していいよ、別に危害を加えるつもりは無いからさ」


 そうにこやかに笑いながら告げるリースをみて、光一は開いた口が塞がらなかった。


「どう……して」


 確かに助けた筈。そう言葉を紡ごうとした声は震えていた。自分は命をかけても彼女を救えなかったのか。そんな事が脳裏にうかんだが、返ってきた言葉は、


「ああ、そうだ。こんなことになったんだ、改めてちゃんと自己紹介しとこうかな。私は“リース”、君たちのいうところによると“神様”ってやつかな」


 まったくもって予想していないものであった。


「神……様?」

「そ、神様」


 理解が追い付かない。ただでさえ死んだと思えば、こんな白一面の世界にいて混乱しているのに、その上神様ときたものだ。

 

「ここは、どこだ? それに何故俺は五体満足でここにいる? 知っていることが有るなら教えてくれ」


 混乱した頭からでたのはそんな疑問。震える声で絞り出した問いに、柔和な笑みを浮かべながらリースはその疑問にこたえる。

 一つ、指を立てて。


「そうだね、まずはこの場所について話すよ。ここは天界、まあ、君たち人間の世界とは違う世界って認識でいいよ」


 一つ、立てる指を増やして。 


「二つ目の質問の答えだけど、それは私の不備で君が死んでしまったから、その保障の為にと言ったところかな。これも私より格の高い神様から言われちゃったし、補償をしないと返せないんだよね。ちなみに、補償には君を生き返らせるってのも入ってるから」


 天界? 世界が違う? 目の前の少女のせいで俺が死んだ? 質問をする前よりも増えてしまった疑問に頭を抱えながらも、光一はさらに詳しい説明を求める。


「詳しく説明するなら、さっき言った“私が神様”ってことを信じて欲しいんだけどいいかい?」


 その問いに、光一は無言で頷くことしかできなかった。


「ありがとう、じゃあ詳しい説明を始めるよ」


 この少女の話を要約するなら。

・この少女は神である。

・人間界に興味を持ち、観光する途中で暇そうな光一に会い、案内を頼んだ。

・光一に会ったことで、本来なら電柱にぶつかるトラックが神に案内をして立ち止まっていた俺を巻き込んで事故を起こした。

・つまり間接的に光一を殺したのはこのリースだ、だからその保障をするために天界に光一を呼びたした。


「本当にごめんね、私が人間界なんて行こうと思わなければ君は死なずに済んだのに」

「いや、あそこは見通しの悪い道だから、もっと注意しておかなかった俺も悪い……。けど保障って何なんだ? 閻魔様に天国行きでも口添えしてもらえるのかい?」

「仏教とキリスト教がごちゃごちゃになってるのはおいといて…………本当ならこのまま生き返らせてあげたいんだけど……ね」

「何か問題でも?」

「実は……」


 口ごもったことに質問すると、少女はこう説明した。神の不手際で死に、さらにただの人が入ることなどまずない天界にまで呼び出した人間をあっさりと返すことは出来ないと。


「じゃあ、俺はどうしたらいいんだ?」


 光一としても生き返ることができるなら生き返りたい。そのために何か必要ならば、協力は惜しまない所存であった。


「神の従者となれば、この問題は一応解決するよ」

「神の従者? なんだ、それは?」

「私達たち神は、基本的に人間界ではほとんど力が出せない。それこそ君たち人間のようにね。そこで生まれたのが“神の従者”さ、簡単に言えば神の協力者だね。これなら君は生き返れる上に特殊な能力まで身に付く。要するにただの人間を返せないなら、


(能力…………だって?)


 “特殊な能力”。その単語を聞いた瞬間、光一は自身の心臓が跳ねるのを感じた。しかし、今一度彼は、顎に手を当てながら少し考える。¨神の従者とやらになっていいのか¨を、


(神の従者とやらについては分かった。今のところデメリットらしきものは¨神の手伝い¨って点だな。確かに無理難題を押し付けられたり、馬車馬のように働かされたりする可能性もあるんだろう)


 一瞬、神の手伝いと聞いて自分がメルヘンな天使にでもなった姿を想像したが、絶望的に似合わず、頭を降って忘れると同時に思考を切り替える。


(しかし、ここで受けなかったら恐らく俺はこのまま死ぬんだろうな。この神様は、さっき補償をしないと返せない、そして補償には生き返らせることも入っていると言っていた。つまり、ここでこの提案を受けないとあのままトラックに引かれて死ぬか、ここにずっと居る羽目になる可能性が高い。それに俺は人間、相手は神だ。今でこそ対等のように話をしてくれているが、その気になれば俺という存在を抹消されても不思議じゃない)


 光一の脳内に描かれた最悪の展開。この提案を受ける事は数々のリスクを、そして“ただの日常”に帰る事はできなくなるのだと理解している。


「さて、光一君。君はこの手を取る勇気があるかい」


 今目の前に差し出された手は、見とれるほど白く、それでいて光一の感覚が理屈抜きで警告を鳴らす。

 妙に口が乾くのを感じる。その手を取りたいのに、本能が、体が、神様という存在に気圧されて動かない。


「一つだけ聞かせてくれ」

「何かな?」


 だから、光一は口を開いた。


「この手を取れば、俺はな何かに成れるか」

「ああ、このわたしが保証しよう。さて、もう一度聞こうか」


 それらを跳ね飛ばすくらい渇望していた言葉で、恐怖をねじ伏せるために。 



「ねえ、私と一緒に来てくれないかな」



 この言葉を、この差し伸べられた手を、彼女の顔を、この光景を、彼が忘れることは一生ないだろう。

 ゴクリ、と覚悟を決めるように生唾を飲み込み彼は目の前の少女が差し出す手を取った。それが、平坦でありながら、安泰であった人生から大きく外れると感じながらも。


「手を取ってくれてありがとう、光一君。これで君は神の従者となった」


そう話すとリースが光一の胸に手を当てる。


「?」

「君の魂に能力を刻んでいるのさ、能力はランダムだから文句は言わないでよ」


 リースが光一の胸から手を離すと、光一が足元が光の粒となっていく。それに少し驚きながらも、自身が光の粒になっていくという不思議な感覚に身を任せながら、リースの話を聞く。


「これであと一、二分もすれば光一は人間界に戻っているはずだよ。あと、能力の説明は紙にでも書いておくからあっちで見てね」


 その言葉を最後に光一は、まるで旅行へ行く人を送るように小さく手を振るリースに見送られながら全身粒子となり、天界から姿を消した。





「ここは……さっきの場所か」


 次に光一が気がついたのは、先ほどトラックに引かれた場所だった、しかし光一は引かれたことになっておらず、トラックが電柱に激突した事故となっているようだ。


 辺りを見渡すと、まるで先程までの出来事が夢であったかのように思えてくる。傷一つない体に、居眠り運転で電柱に突っ込んだトラック。恐らく光一を除いてこの世界に、先程の事故を覚えているものは存在しないのだろう。しかし、



『キミの能力は、【自身操作】でーす。効果は"自分を思い通りに動かせる"だよ。

PS 【神様召喚】という私をそっちに呼び出せる能力もオマケでつけておいたからね。でも、キミの魔力を使って顕現するから魔力切れには気をつけてね』


 ポケットから出てきたその紙が、先程の事は現実だと主張していた。     

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る