第8話
「お前がこの騒動の中心ってことでいいのか」
「そうだと言ったら」
「ぶっ倒す」
光一は散乱したワインの瓶を関田目掛けて蹴り上げ、魔力で全身を強化して接近する。その一足で数メートルの距離を詰め、ワインの瓶との二方から攻めるつもりだったのだが、
「!?」
「俺に飛び道具は通用しないぞ」
その瓶は空中で止まり、関田は迫る光一にカウンターを合わせる構えをしていた。正面から受けることはせず、
(
力を受け流すように手を添えてやり過ごす。依然の光一のはここまでの技術はなかった。しかし、それだけの技術を持った人物を彼は知っている。久崎宗一郎、彼が相手の力を受け流して耐えるのを光一は何度も見てきた。
人が記憶を忘却するというものは、実際にその記憶が無くなっているというわけではない。ただ思い出せなくなっているだけであり、例えるなら記憶が入った金庫のパスワードを忘却してしまったようなもので、
そして、光一の持つ“自身操作”はその金庫のマスターキーのような役割を果たす。今まで見てきた武術の動き、その記憶を思い出し、見た通りの動きをする事で関田の攻撃を受け流すほどの技術を急速に身に着けたのだ。
(痛って! なんつー馬鹿力だよ……)
しかし、それは急ごしらえで会得した技術。完全に宗一郎の技術を再現することは出来ず、腕に痺れにも似た痛みが光一の手に残る。
お返しとばかりに、光一が放った拳が関田の横腹に当たり、固い感触が返ってくるも、
「ぬぅ……!」
関田の顔は、今までのような涼しいものではなく、しっかりとダメージが通っている様子であった。
「貴様、やはり力で強化してるな」
「お前ほどじゃないがな」
純粋な力では関田の方が上なのだが、光一は部分的に宗一郎の技術を再現することで、その差を埋めていく。そのお蔭で、やや光一有利な展開で戦闘は進んでいる。
(持ってあと三分ってところか……)
端から見れば、光一有利な展開なのだが、それは薄氷の上の有利。元々彼の持つ魔力、気の量は決して多くはない。いくら自身操作で効率の良い強化をしても、長時間の戦闘に耐えられる代物ではないのだ。
「どうした? もうスタミナ切れか? 俺の
関田の持つ力、
しかも、光一のように能力で魔力や気を操っての強化ではなく、能力で直接強化をしているのでロスが少ないのも関田の追い風であった。
「……なに、これ……」
「起きました? 凛。今、谷中さんが闘ってくれてますの」
久崎が目を覚ますと、横には鳳条がいた。彼女は両手が縛られていながらも、気絶した久崎の元まで近づいて介抱してくれていたのだ。何とか横にして回復体位を取らせる程度のものだが、辛うじて意識を取り戻すくらいには回復した。
(光、一? なんで、あんなに…………)
久崎の目に映るのは、友人である谷中光一が三人がかりでも歯が立たなかった関田と互角以上に渡り合う光景。目を疑う光景だが、殴られた腹から生じる激痛が現実だと主張してくる。
「……うっ」
意識を取り戻すと、また打たれた部位が痛みだす。とてもではないが、動けそうにはない。痛みが支配していく頭のなか、久崎は闘えない自分を悔しがるように拳を軽く握ったが、意識を再度手放すのであった。
「お前、力を手にしてからどのくらい経った」
互いの拳がぶつかり、弾かれるように距離が開いたタイミングで、関田がそんな質問を投げかけてきた。
「一、二週間ってところだな。それがどうした」
「ほう」
その返答に関田の顔が緩んだ。とても良い人材を見つけた、とでも言わんばかりの顔。
「お前、俺の仲間にならんか」
「何?」
その顔から出た言葉は勧誘。関田は大まじめに光一を勧誘する気だ。
「お前の才能は素晴らしい。力を貰ったばかりでそこまで使いこなすなんて、並大抵のものじゃないだろう」
関田が力を手にしてから、一年半は経過している。その間
「だが、肝心の能力が弱い。それだけ能力を使いこなす才があっても、能力の出力が足りていない。だから、その分は俺が
だからこそ、この提案を出した。普通、神の従者にとって
それをあっさりと渡すと関田は言っているのだ。それがどれだけ高く光一を買っているのか、それが分からない彼ではない。だが、
「………………………………あ?」
それ以上に、関田は知らなかった。谷中光一という存在にとって、リースと彼女から貰った力がどれだけ大切なものなのかを。
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