第7話

「あと二人」


 ボスは、床に転がる健司を雑に蹴飛ばすと、天河と久崎の居る方に向き直る。ボスは驚異的な脚力で二人へ接近、鈍器ともとれる拳を久崎へ打ち下ろす。彼女は両手を前に突き出して、その拳を受け流そうとするが、


「重っ……!?」


 その拳は今までの武術じょうしきを覆すほどの威力を秘めていた。逸らす角度以上に、強く踏み込んでくる拳が彼女のを捉える寸前、


「させるかぁ!!」


 天河がボスの横顔に跳び蹴りを放って、その軌道を変えた。全体重が乗っていたはずなのだが、ボスはにやりと笑って空中にいる天河を拳で捉えた。辛うじてクロスした両腕でガードすることで直撃は避けたが、それでもダメージは深刻である。


「……ほう、今のを受けるか」


 自身の拳を受けてなお気絶しない天河を見て、ボスは感心した声を上げるが、手を緩めるような優しさはない。ボスが天河に気を取られた瞬間、横から久崎が体重を乗せた拳を溝尾に放つが、


「固っ……」


 ただ腹筋を固めただけとは思えない感触が久崎の手に帰ってきた。それに驚くのもつかの間、彼女の顎を跳ね上げるようなアッパーが直撃した。彼女の体は浮かび上がり、次に地面に着いたときはぐったりと倒れて床に転がった。


「てっめぇぇぇぇ!!!!!」


 怒りに任せた突進。突き出した拳はボスの横顔を叩く。今ままで、ボスはどんな打撃を受けても微動だにしなかった。が、


「ぬ……?」

(効いた!?)


 初めてボスの膝がぐらついた。そして、


「…………貴様は、ここで始末しておく方が良さそうだ」


 それは、ボスから余裕という名の手加減を無くすには十分過ぎる一撃であった。

 天河の怒りに任せた大ぶりの振り下ろしを寸前で回避し、打ち終わりを狙ったのを待っていたボスのカウンターの蹴りがまともに入った。脚は手の三倍の筋力があると言われ、拳ですらあの威力の人物が放った蹴りが直撃したのだ。それは、まるで特撮かのような勢いで天河をホールの端まで吹き飛ばした。


「いい運動にはなったかな」


 天河、久崎、健司という三人の反逆者を片付けたボスは、傍らにあったグラスワインをテーブルからとって辺りを一望できる巨大なガラス窓の方に歩いて行く。


『よくやったわ、秀樹。これでまた良質な神の力ゴロゾアが手に入る』

「ああ、貴女様の力になれるなら、私にとってこの程度の困難は困難にも入りませんよ」


 ボス、いや神の従者、関田秀樹せきたひできは勝利の美酒とばかりにグラスを傾け、神と会話を続けるその目は、既に正気を失っていた。


「そこまでだぜ、アンタ」

「ん? ああ、まだいたのか。今は勝利の宴中なんだよ、邪魔しないでくれないかな」


 人質の中から、一人の男が立ち上がった。男は、この暴動に参加しなかった数少ないSPであり、彼もまた天河が使ったナイフで縄を解き、先ほど久崎が蹴飛ばした拳銃を構えていた。


拳銃ソレ、意味ないと思うが」

「何を言っている?」

「まあ、言ったところで分からんだろうな。神の奇跡を知らないお前らには」

「戯言を!」


 男は関田に向けて発砲する。足元への威嚇射撃だが、それでも直撃する軌道。その筈だった。


「な……に…………」

「だから言ったろ、無駄だって」


 煙を吹く銃口から放たれた

 人質も、皆一様に目の前の光景が信じられないと口を開けていた。物理的にあり得ない。放たれた弾丸は、まるで見えないバリアでもあるかのように関田の前で止まると地面に落ちた。


「クソッ…………」

「これで、今度こそ終わりだな」


 男は残る弾丸も全て放つが、全て無駄であった。ゆっくりと歩きながら接近する関田を止めることも出来ず、彼の剛力の前に気絶した。


「さて、鳳城さん。タイムリミットまであと三十分だが、気は変わったかな?」


 鳳城厳夜、鳳城グループの実質的なトップであり鳳城灯の父である彼は、先ほどから“人質の半分が乗れるヘリの手配とこのテロ行為の情報隠蔽”を突き付けられていた。突っぱねれば、娘の命はない。だとしても、他のSPが何とかする可能性を信じ交渉を引き延ばしていたが、拳銃は無効化され、肉体は常人を遙かに超えている相手に引き伸ばしたところで活路など開けるのだろうか、そんな考えが脳内を巡る。

 そんな、異常ともとれる相手をできる存在は限られている。最も分かりやすい対抗策は、


「へぇ、それがアンタの力ってやつか」

「お前が鼠か…………豪の奴、しくじったな」


 もう一人の異常かみのじゅうしゃを当てることだ。




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