第6話

 “どうしてこうなった”何度目かのこの言葉を、天河智也は頭の中で繰り返えしていた。目の前では黒スーツを着た男たちが拳銃を構え、また一人と恰幅の良い夫人や男を拘束していく。先ほどまで自身を守ってくれていたはずの警備員たちが、今やテロリストだ。パーティーホールに入る際には、危険物を持ち込んでいないかのボディチェックがあったのだが、ボディチェックをする側が持ち込んでいては防ぎようがない。

 様々な界隈の社長やその夫人が参加する豪華な会場でのテロ事件、まるでどこかの海外映画のワンシーンのようだが、彼の手足を拘束する縄から伝わる圧迫感がこれは現実だと主張してくる。



「これで全員か?」

「いえ、どうやらあと一人招待客のガキが残っているようです」

「探しておけ」

「はっ」


 襲撃者たちの中でも、一際存在感を放つ男がそう告げると、眼鏡をかけた細身の男は数人の男を引き連れて部屋を出ていく。端から見れば、サラリーマンの上司と部下にも見えなくもないが、眼鏡の男が腰にさした刀がそんな想像を否定していた。

 恐らく、襲撃者のトップであろう男は、先ほどの刀を持った男を見送るとパーティーホール特有の巨大な窓の方に近づき何やら話し始めた。


(何してるんだ?)


 天河からは、殆どトップの顔は見えない。通信機器のようなものを持っている様子はないが、インカムマイクでも装着しているのだろうか、辛うじて口元動いてが見えるくらいで声は聞こえない。天河がボスらしき男の方を見ていると、


(?)


 何かが手に当たった。同じく、体育座りの姿勢で拘束されていた健司が後ろ手で何かを差し出していたのだ。他の襲撃者に気づかれぬよう、手触りだけでそれを判別してみると、


「お前、これどうしたんだよ」

「捕まった時に使ってた肉用のナイフが袖に潜り込んだんだ……とりあえずこれで縄をなんとかしようぜ」


 小声で会話しながら、肉のソースでもついていたのか、べたつく感触と共に刃物としての鋭さを指先に感じた。そこまで鋭いわけではないが、何度か刃先を当てれば手足の拘束を何とかすることはできるだろう。


「ちょっと智也、どうしたのよ」

「ほら、健司がナイフを持ってたんだ」


 左隣に凜がいたのも幸いし、身を寄せ合って他の襲撃者からナイフを隠しながら三人は手足の拘束を解いていく。食事用ナイフでの切断は中々骨が折れたが、ゆっくり時間をかけて凜の手足を自由にした瞬間、


「貴様ら、何をしている!」

「!?」


 襲撃者の一人が、丁度見回りで近くに来たタイミングで見つかってしまった。拳銃を構え、凛の眉間にへと銃口を突き付ける。彼女の動きが止まり、冷や汗が噴き出る。


「今だ!」

「おう!」


 だが、彼女を脅すために拳銃を突き付け、襲撃者の動きが止まるのを天河と健司は待っていたのだ。健司が男の後ろから力任せに抑え込み、天河がその隙に強烈な一撃を顎に見舞う。

 男の意識が遠のき、一瞬拳銃を握る手の力が緩んだ。その隙に凜がその手首を蹴り上げる。足裏が天井を向くほど鋭く、大きく振られた足はあっさりと拳銃を跳ね飛ばし、再度拾われないよう人質が縛られている方に落ちた。


 いきなりの人質たちの反乱を見て、もう二人の襲撃者が慌てながら拳銃を構える。それを防ぐようにケンは近くに転がっていたワインの瓶を放り投げる。野球部期待の右腕から放たれたそれは、見事相手の頭部にヒット、肩から上を酒臭く染めた相手をスライディングで倒して拳銃を取り上げる。

 その一方で、リンがもう一人の襲撃者が拳銃の狙いを定める直前に、手に持った食事用ナイフを投擲する。襲撃者の手の甲を傷つけ、鋭い痛みにひるんだ隙に天河が鳩尾への蹴りを突きさして、息を詰まらせながら床に倒れさす。


「ほう、ただの人間かと思えば骨のありそうな奴もいるじゃないか」


 先ほど男が幾らかの襲撃者を連れて行ったせいもあり、今この部屋にいる襲撃者はボス一人。彼は天河らの方を見て、そうゆったりと話す。


「残ってるのはあんた一人みたいだぜ、大人しく降参したらどうだ?」

「今なら自首でも間に合うぞ」

「痛い目みたくないなら両手を挙げるべきね」


 三人を見据えながらも、ボスの顔に焦りは一かけらもない。何か強力な武器でもあるのかと思えば、それすら見られず両手は空だ。ガタイこそ健司を超えるほどだが、たった今三人の仲間を瞬く間に無力化した天河たちを見てもなぜそこまで冷静でいられるのだろうか。その答えは直ぐに分かった。


「自首、ねぇ。それなら力ずくでもやらせてみな。お前らが勝てたら全員無事で解放してやるよ」


 その言葉と共に、ボスは天河らを煽るように手招きする。その構えは人を守れるくらいには武術を納めていそうな風体だが、三人がかりに余裕で勝てそうなものでもない。


「その言葉、後悔するなよ!」


 ボスの言葉を受けて、健司がいの一番に飛び出した。身長だけならボスに最も近く、当たり負けなどしなさそうに見えるのだが、


「ぬ? お、ぉぉぉぉ!?」

「どうした? こんなものか?」


 ボスは健司のパンチを片手で受け止めると、そのまま力任せに捻りあげる。健司も渾身の力で抵抗しているようだがそれでも完全に力負けしている。強引に引き寄せられ、片手を引き上げられた影響で晒した無防備な腹部にボスの拳が深々と突き刺さった。

 腹部への衝撃で、肺の空気が強制的に排出され呼吸が止まる。苦悶の表情と共に健司は両手で腹部を抑えながら床に転がった。


「さて、次はどっちかな」


 いくら闘い慣れしていたとしても、相手は人間。数人がかりでかかれば、こちらに分があると先ほどまでは思っていた。だが、


(こいつ……一体何者なんだ?)


 天河は目の前にいる男が、実体以上に大きく、そして人間離れした何かを持っているような気配と圧力を感じた。






 

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