第5話
(しっかし、本当にこんな金持ちなんているんだな)
鳳條と別れてから、光一らは思い思いに立食形式のパーティーを楽しんでいた。斉藤は高級な肉に舌鼓を打ち、久崎と山崎は宝石のようなスイーツに目を輝かせていた。
光一は茶を飲み過ぎたせいで腹が冷えたのか、今は男子トイレにいた。高級感がにじみ出るトイレに妙に緊張しながら用を足し終え、便座から立ち上がりズボンを上げたその時、
(ん?)
妙な足音が聞こえた。バタバタと底の堅いで床を走る音。こんなパーティーの場で走るという行為事態に若干の疑問が湧いた。それが一つなら、まだ漏れそうな人と言えるかもしれない。が、今は聞こえるのは三人分の足音だ。“なんだろう”そんな疑問は一瞬にして解決された。
「動くな!!」
入って来たのは屈強な三人の男。その手に持つのは、拳銃。
「ひ、ひぃ! な、なんだあんたら!」
小便器で用を足していた男が悲鳴混じりの声をあげる。男は、満足にズボンも上げぬまま懐に手を入れた。助けでも呼ぶのか、それとも護身用の何かが入っていたのかは確かではないが、襲撃者はそれを取り出す隙を見せなかった。
「動くなと言っただろうが」
「がっ! ああああああ!」
襲撃者は
(待て待て待て! 何! こいつらテロリストか何かか!?)
声でしか分からなかったが、大体の状況は光一にも理解できた。彼が混乱している間にも襲撃者は大便器の扉を一つずつ調べていく。光一の前に来るまで一分もかからなかった。心の準備などできるはずがない。
「出てこい。抵抗しないなら怪我はさせない」
冷酷なその声を聞いて、すぐにでも大人しく出て行ってしまいたい。しかし、
(……前なら、言いなりになるしかなかったんだろうな)
脳裏に浮かぶのはリースと出会ってからの日々。ほぼ手探りながらも、“神の従者としての能力”と向かい合ってきた。
自身の手を見る。この手には、この魂には間違いなく“異能”が宿っている。なら、取る選択は一つだ。
「今出ます」
光一は全身に魔力を込める。通常からは考えられない程の力が体を満たしていき、光一は飛んだ。
「なっ!?」
トイレのドアの上部分を掴みながらまるで新体操の大車輪でもするかのような大回転。そのままの勢いで襲撃者の後頭部に蹴りを見舞う。一人は気絶させたが、まだ二人いる。
「止まれ!!」
「!」
拳銃を突き尽きられ、光一の動きが一瞬止まる。日常では目にしない“死”の匂い。以前の光一であれば、たとえ“自身操作”を持っていたとしても“死”の気配に萎縮していただろう。
しかし、今の光一はそんな“普通”ではない。一度“死“を経験しているのだ。故に、
(動……けぇ!!!!)
萎縮は一瞬。すぐさま射線から外れながら、人外の脚力を持って接近する。襲撃者も近接戦闘(CQC)の心得があるのか、光一を迎撃しようとする。が、
(……
その一言で、光一の体感時間は歪んだ。互いの動きはスローのように流れる。思考だけはひたすらに高速で回転するなか、光一は自分でも驚くほど冷静に、体をそらして相手の拳を避けると、掌底で相手の顎を打って脳を揺らす。
(……後、一人)
最後の一人はより簡単だった。光一の拳を片腕で防いだのはいいものの、さらに
魔力による強化を引き上げると、相手の腕は防御したはずなのにメキメキと軋むような音が拳から伝わってくる。後は、その痛みに驚愕した隙に同じく脳を揺らしてやればいい。
気絶から覚めた三人が再度襲ってくるのは避けたいので、襲撃者たちのズボンとベルトで手足を縛って個室に閉じ込めておく。拳銃もトイレのタンク内に隠しておいた、これならそう簡単に回収されないだろう。そこまでしたところで、
「あ、れ……」
手が震えていた。それだけではない。膝も笑い、足元がふらついた光一は洗面台に両手をついて体を支える。その時、脳内に声が響いた。
『光一、まずいことになった』
『奇遇だね。こっちも今まさにまずいことに巻き込まれている最中だな』
すっかり使い方にも慣れ、いまでは脳内だけでも会話が可能となった念話からはいつもの余裕ある声からほんの少し焦りの色を滲ませた声がひびいてくる。
『他の神の従者がその場所を襲っているんだ』
光一は、ちらりと襲撃者を閉じ込めた個室の方を見る。あの襲撃者たちがその神の従者なのだろうか、そう思ったがそれは直ぐに否定された。
『彼らは相手の従者の手下といったところかな、肉体的にはただの人間さ。従者は別にいる』
『何故他の神の従者がこんなことをしでかすかんだ? まさか、俺狙いなんてこと……』
神の従者の目的は自分である。その可能性を思い浮かべた時、普通なら“もう日常に戻ることはない”と落胆するのかもしれない。が、この時の彼が抱いた感情はそれだけではなかった。
“他の神に狙われる”それはすなわち、光一がそういった非日常の中心にいるということである。そんな特別ともとれる存在として認知された、その事実が心臓の鼓動を早めるのを感じた。が、
『いや、光一だけを狙った犯行じゃないと思う。多分相手の狙いは人の魂と資金調達、光一はたまたま居合わせただけだと思う』
リースの答えは予想とは違っていた。無意識に出たため息とともに、体の熱が逃げていく気配を悟られないよう言葉を繋げる。
『なんで人の魂を狙うんだ?』
『魂っていうのは私達神の力の元となるものであり、人の手でも大量に入手しやすいものだからね。普通は神の手伝いの報酬として、天界から
『俺はそれを阻止した方がいいのか?』
『……』
リースは言葉を詰まらせた。それが何を意味するのかは分からない。が、光一はその沈黙を無視して続ける。
『俺は、あいつらをぶっ飛ばしてみんなを助けたい』
『意外だね。今のキミなら安全に逃げることだってできるし、あの子たちを助けるにしたってもう少し穏便な手を打つと思った』
もし、光一がリースと会うことなく今の状況に陥っていたならば、自分だけ逃げるかさっさと投降していただろう。しかし、今は違う。戦える力がある、そしてそれ以上に
(俺は特別になりたい……っ)
その思いがずっと胸の内でくすぶっていた。リースの手をとったのもその思いからだ。ここ数年忘れていた。いや、思い出さないようにしていたのだろう、“天河たちとの違い”を。天河たち、特に天河は特異な存在だ。一目見ただけでは、何かに秀でているようには見えない凡人のようだが、その実久崎の祖父という達人からも一目置かれる才能を秘めている。
さらに、魔力の修練をこなしてようやく分かった。天河の持つ魔力や気の量は常人を遥かに超えている。外面は、光一と同じ普通のようで、中身は才能溢れる少年。それが天河という男だ。しかし、それを理解したからこそリースと会ってからの一週間の間に魔力の鍛錬と自身操作の研究を今まで進めてきたのだ。そして、今、凡人だった光一には力がある。天河の特異性にも負けない異常性が、この状況はそれを証明する絶好の機会だ。
『さて、一応キミの意見を尊重するけど、どうするんだい?』
『まずは敵将の場所確認だな。魔力も気も節約したいし、短期決戦といきたいな』
トイレから出ようと、足を動かしたあたりで光一は体勢を崩しかけた。見ると、まだ膝が笑い、手が震えていた。いくら覚悟を決めようとも、彼は少し前まで明確な敵意持った殴り合いの喧嘩すら、ロクにやったことのない少年だったのだ。
今になって、人を殴った感触と銃を突き付けられた瞬間が思い出される。頭では分かっていても、人というものは無意識の恐怖に体が支配されてしまうものであり、この反応は至極当たり前のことである。
が、
「…………
光一が、言い聞かせるように呟くとピタリと体の震えは止まった。心境はなにも変わっていない。心には恐怖が渦巻いているが、自身操作は心を制御し、思考をそのまま体に伝えてくれる。
(ここからだ……ここから俺は変わるんだ)
少年は、声にも出さず静かに決意を固める。神の従者として、リースの手を取った時でさえ、ただ力を使って良い生活を送ることも出来た。だが、この選択は、今度こそ平和で、平凡で、普通な人生からの逸脱を意味する。
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