第27話

 笹山の語気は強いものの、教師らしく初撃は譲ってくれるようで構えた状態から手招きして、光一から攻めてこいの合図をしていた。

 光一は、まず集中コンストレイションを発動してトレーニングアルマの解析を進めていく。空手でいうところの前羽の構えからすり足で距離を縮め、時間を稼ぐ間にも笹山の構えから彼女がどう攻めてくるのかを予想。


「どうした? 威勢の割には大人しいじゃないか」

「先生相手にむやみに飛び出す訳にはいかないでしょう。そんなカウンターする気満々の気配されたらなおさらですよ」

「ほう、それだけ気配が読めるとはね。ねじ込んだかいがある!」


 笹山は、光一が時間を潰しているのを気づいたようで自身から踏み込んで攻める。トレーニングアルマで強化された彼女の脚力は、一足で数メートルを詰める。彼女の低い位置からの突きあげる拳を光一は手のひらで受けるとそのまま掴む。


「いい反応だ。だが、女だと思って油断したね」

「!?」


 笹山は拳を掴まれた所を支点に、くるりと縦に回ると両足で光一の顔面を蹴りつける。


(入学試験の結果を見るに、こいつは武術家だがアルマ慣れしていないんだろう。だから今みたいな判断をする、この体格差と男女差から掴んでしまえば力づくでどうにかなるという判断をな)


 笹山の同調シンクロ率は五十パーセントほど。彼女は元々アルマを使う軍人であり、本来ならフル装備で八十パーセントを安定して出せるほどなのだが、今回の相手は不可思議な点があるとはいえ生徒だ。

 とはいえ、同調シンクロ率以外に手を抜くつもりは毛頭ない。格闘術は軍隊仕込みのものを使用し、手加減しているとはいえ同調シンクロ率もAクラスの平均はある。トレーニングアルマはその同調シンクロ率を身体能力にへと変換し、笹山の力は成人男性の軽く数倍にまで膨れ上がっている。


「油断? なんだそれ」

「なっ!」


 笹山は顔面へのドロップキックで、光一のキャッチから逃れようとしたのだが、掴まれた右手は自由になっておらず万力のように締め付けられていた。その力は間違いなく今の笹山を超えている。


(こいつ、この力は!)


 光一は掴んだ手を引っ張ると同時に、右正拳を放つ。辛うじて空いた腕を挟みこむことでガードじたが、それでもなお壁際に吹き飛ばされる程の威力。


「たかが生徒だと思って慢心したな」

「!」


 壁に打ち付けられた笹山が息つく暇もなく、強化された脚力で光一は迫る。壁際にまで迫った速度をそののままに、彼女の目の前で体を反転させると一気に踏み込んで背中を打ち付ける。たとえ前からの攻撃を防御しても、後ろの壁に挟まれ笹山の意識は暗転した。


「久崎流、痛背豪打つうはいごうだ。……最初から全力なら、もっと手こずっただろうに」


 それだけ言い残すと、光一は個別修練場から出ていくのであった。













「……はっ!」

「お、起きた。気分はどうだい? 舞」


 目を覚ました笹山は、どこかのベッドに寝かされていた。体を起こすと横に居た保険室医である葉波明香はなみめいかが心配そうにのぞき込んでいた。


「一応、回復剤は打っておいたから外傷はないと思うけど」

「ああ、特に問題はないよ。ありがとう、明香。ここには明香が?」

「うん、生徒から個別修練場で舞が倒れてるって報告があってね。ここまで運んできたんだ」 


 寝ている間に、回復を促進する薬剤を打っておいてくれたお蔭で笹山の体には打撲一つない。だが、それでも体は憶えている。あの闘いで感じた圧倒的な圧力と力を。


「一体どうしたんだい? 舞がそんな事になるなんて、部隊にいた時以来じゃないかな」

「……この事を他に知っている人は?」

「いないと思うよ。ここに来るまでは人目につかないように運んだし、他の先生にはまだ報告していない。他に知っている人といえば、舞を気絶させた本人ぐらいじゃないかな」


 そうか、と少し安心したように呟くと、笹山は体を起こす。


「Fクラスの谷中光一についてのデータはあるか」

「入学当初のデータくらいならあるけど、それぐらいなら舞も持っているんじゃないかな」


 横に畳まれていた自身の服を着ながら質問する笹山に、葉波は不思議がっていたが、すぐに真意に気づいた。あまりに有り得ない事なので、一瞬気づくのが遅れたが、笹山がこう聞いてくるということは、


「舞、まさか」

「ああ。そのまさか、さ。そいつにやられたんだよ」


 笹山を気絶させたのは、Fクラスの生徒であるということだ。


「オーケー、舞。これから色々分かった事があったらまず舞に知らせるとするよ」

「助かる。こっちも探ってみるとするよ」


 上着に腕を通した笹山は、そう言い残して保健室から去ろうとする。



 この世界に存在しえなかった異常イレギュラー、それは少しづつ影響を与えている。








「それと明香。なんで起きた時に私は裸だったんだ」

「それは当然、じっくりとかんさ……回復剤を打つためさ」


 それはそれとして、笹山は一度葉波の頭をひっぱたいてから保健室を後にするのであった。



  


  

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