第26話

 放課後に活動する仲間が増えたことで、できる運動の幅は大きく広がった。


「一応、愛好会の道具はあるんだな」

「三年ぶりらしいけどな。バットやベースがあるだけ有り難いと思うか」


 光一と斎藤の二人が向かったのは職員室。表向き野球愛好会として活動するために許可を貰いに行ったのだ。許可自体はあっさりと出た。教師からしたら、下位クラスが誰も使わない旧グラウンドで青春を軽く味わうくらいいいだろうとしか思っていないのだろう。

 とはいえ、正式に認可されたおかげで、かつての愛好会が使っていた道具も使ってよいという許しももらえた。


「でもいいのか? 野球やりたいってのは俺の願いだけどそれに付き合う必要はないんだぞ」

「俺はアルマに慣れるための運動ができればいいからな。ついでだ、ついで」


 斉藤からすれば、腐りそうになっていた自分に野球をやる機会を作ってくれただけでも十分なのに、目の前の光一は当然のように愛好会設立まで手伝ってくれた上に入会までしてくれたのだ。

 ついでと言われ、ここまでつき合わせたことを悪いなと感じていたのだが、


「……それに、野球は嫌いじゃないんでね。さ、いこうぜ」


 それを気取られたのか、本心から言っていたのかは分からなかったその言葉で、


「おう、そうだな」


 斉藤も変に気を使うの止め、旧グラウンドに向かうのであった。










 愛好会が発足してから半月ほど時間が経った。相変わらずメンバーは二人だけ。斉藤は何人かに呼びかけもしてみたが、成果はなし。


「アンタらまだあの愛好会続けてるの?」

「山崎か、野球同好会のことなら続けてるぞ。まだ二人しかいないがな」


 放課後、斉藤が荷物をまとめていると、山崎から話しかけられた。入学当日のあの日以来、ほとんど話したことがなかった


「よく続けられるわね、続けたところで意味があるわけでもないのに」

「まあそう言うなって、なんだかんだ楽しいぞ」

「ふーん……」


 山崎は、斉藤の机の上に座り、何やら考え込むような仕草をすると、


「ねえ、どんな活動してるのか見学させてよ」

「はあ? まあいいけど、見学して楽しいもんじゃないぞ」

「いいからいいから、今日暇なのよね。暇潰しにくらいなりそうだし」

「わーったよ。今から行くからついてこい」


 半ば強引に愛好会の活動に首を突っ込んできた。斉藤は断ろうかとも思ったが、見学を通じて彼女が他の生徒に愛好会を広めてくれるかもしれない。そう考えると、渋々ながらも受け入れざるを得なかった。それに、


「そういえば、アイツはどうしたのよ。姿が見えないけど」

「光一のことか? アイツなら、今日は怪我してるから休むってよ。明日には来るらしいがな」


 見学とはいえ、人がいた方がやる気になるのだ。



 斉藤と山崎の二人が話していた頃、光一はというと、


(ふむ、同調シンクロ率に関しての本は大体読み終わったかな)


 図書室で一人読書をしていた。三日ほど前の愛好会中にとある怪我をし、両手足に大げさに包帯を巻かれ保健室の先生に数日間の運動禁止を言い渡されたのだ。回復剤の使用も打診したのだが、アルマの使用による怪我でないことと、最近ハードな特訓の度に保健室に行っていることから効果の高い回復剤の使用を止められてしまったのだ。 


(まさか、魔力と気を混ぜるとああなるとはなぁ)


 普段から自身操作を使い、魔力と気という未知の力について研究を進めている光一。前例もなく、手探りながら分かったことも多い。

 例えば、魔力も気も元は同じものであり、丹田から生命力を糧に生成され、魔力は肌の外側を纏うように循環し、気は逆に体内で循環しているということは今までの経験から分かったことである。


(もしかしたら比率を変えたら安定するかもしれんが、どうだろうな)


 この怪我の原因もその実験であり、魔力と気を混ぜたらどうなるんだ? という疑問からやってみたところ急にエネルギーが膨れ上がり爆発。体の方がそのエネルギーの高ぶりに耐えられず内側から破裂するように出血したという訳だ。


(ま、明日からは運動OKになるし、いい休暇だったと思うか)


 この数日にもっぱら図書館で行っていたことといえば、同調シンクロ率の上げ方についての資料を漁る事。ネットでは調べきれない詳細な情報も、ここの蔵書なら黎明期の実験記録といった貴重な資料も見受けられた。だが、


「この資料は、教師もしくはA,Bクラスの第二学年以上でないとお見せできません」


 図書室に接地された司書型のアンドロイドが、事務的な返しで光一の申請を取り下げる。貴重度の高い資料は閲覧制限がかけられており、読みたかった資料も存在はしているのだが、読めないという事態が多々あるのが不満点であった。


「どうやら、お困りのようだな」

「?」


 ため息をついて、今日はもう帰ろうかと図書室を後にしようと振り返ると、そこにいたのは腰まで届く長い黒髪に、強気そうなツリ目が特徴なアルマ学の担当である笹山教師がいた。光一の所属するFクラスは、実践の前にアルマ学の知識をつけるべきだということで、あまり実践の機会が無く、こうして対面するのはそれこそあの入学試験での出来事以来である。


「笹山先生、何か御用ですか?」

「ほう、ちゃんと名前を憶えているのか。関心関心」


 光一が記憶復元メモリーリペアで名前を思い出していると、笹山は彼の横に立つ。横に並ぶとその三十センチはゆうにある身長差。しかし、


「うおっ!」

「ちょーっと、一緒に来てくれないか。協力してくれたら悪いことはしないさ」


 笹山は光一の服を掴むと、思い切り引っ張る。無理矢理しゃがまされた光一に、笹山は耳打ちすると、"ついてこい"のジェスチャーと共に歩き出す。連れてこられたのは、パッと見ではただの壁の上に個別修練場と書かれたプレートが張り付けられているだけにしか見えないが、


「入りな」


 笹山がその壁に手を触れると、電子的な波紋が壁に広がり壁が開いた。


「こんな所にまで連れてきて、一体なんです?」

「まあ、まずはこれを纏いな。話はそれからさ」


 室内は一面真っ白で、運動の邪魔になりそうなものは一つもない空間であった。

 笹山が襟章のデバイスに触れると、光一の襟章に何かが送られてきた。それはとあるアルマのデータ。その名も、


「トレーニングアルマ……Fクラスの落ちこぼれに、こんなもの渡してどうしたいんですか?」

「決まっているさ、アンタの実力を見せてもらいたくてね」


 トレーニングアルマ。それはサブアルマと呼ばれる、通常の頭、胴、両手足のアルマとは別に数えられるものであり、刀や槍などの武器のアルマもこれに該当する。それらのアルマも、同調シンクロ率が上がるほど強度や威力が上がり、このトレーニングアルマはその素手版と言える。

 つまり、このアルマは纏うと同調シンクロ率に比例して全身の身体能力を上げてくれるという優れものなのだ。


「嫌ですと言ったら?」

「そんなこと言うような男じゃないだろ? それに、私に勝ったらそいつはあげるよ。それに、見たがっていた資料も見せてあげよう」


 ただし、これはあくまでもトレーニング用のもの。防御力や攻撃力の上昇値は各パーツのアルマには敵わず、上がった身体能力を体験するために作られた製品というものだ。


「それに、私はトレーニングアルマしか使わないからアルマの差はないぞ。もっとも、Fクラスのキミは普通のアルマも使っていいけどな」

「そんなもんいらないさ……負かした時に言い訳されるのもめんどくさいんでね」


 光一と笹山の二人は、手首に黒いリングとなったトレーニングアルマを纏い、構える。


「ほう、よく言った。だが! 私を挑発するならそれ相応の覚悟はあるんだろうな!!」


 谷中光一VS笹山直。教師と生徒、達人と元普通の闘いが今始まる。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る