第25話

 学園が始まって数日が経ち、光一は特に不自由ない学園生活を送っていた。アルマ学と歴史、そして社会の一部が食い違っているくらいで、この世界は元の世界とほとんど変わらない。集中コンストレイション記憶復元メモリーリペアで歴史の相違点は学習済み、今なら入学試験で九割も楽勝な自身がある。

 最近の授業中はもっぱら話半分で聞きながら、意識は魔力、気の操作とアルマについての思考に使われているくらいだ。


(さて、行くか)


 放課後、ぞろぞろと教室から人がいなくなり、その流れに光一も乗っていた。光一が向かったのは旧グラウンドの一角。この学園はかつては小さなところであったが、アルマ学で成果を残し、その補助金で敷地を大きく広げ、新しい校舎も建てた。

 その際に校舎で、小さく整備も雑な旧グラウンドと広く整った新グラウンドに分けられたのだ。ちなみに下位クラスは校舎も旧側であり、グラウンドも原則、旧グラウンドを使うことになっている。


装着インスタリアム


 体操服姿の光一は、一人グラウンドの隅でアルマを纏う。


「さてと、今日はなんの競技をするかね」


 まずはウォーミングがてら走り出す。つい先日までは右腕しか装着できていなかったにもかかわらず、今は両足だけとはいえ二部位の装着インスタリアムを可能としていた。

 その速度は最初の数秒はゆったりとしていたが、すぐに全力疾走と変わらないまで加速する。 


(割と調子いいな)


 自身操作を発動し、どの程度のバイタルで同調シンクロ率が上がるのかを調べていく。最近の光一の日課がこれだ。放課後に各部位を装着インスタリアムし、ダッシュ、幅跳び、高跳びといった運動をしながらバイタルを操作しアルマという新技術に慣れていく。

 運動開始から三十分、全力疾走を続け抜けた水分を補給するために若干錆びついた蛇口を捻り水をがぶ飲みする。上着も脱いで軽く絞るとまあまあの汗が地面を濡らし、再度着た時に気づいた。


「お前、何してるんだ」

「何って……特訓?」


 そこに居たのは、同じく体操服に着替えた齋藤謙二であった。初日に見せた快活な感じはどこえやら、今の彼からは覇気が感じられない。思い返してみれば、普段の学校生活でもあまり元気がなかった気がする。

 ほとんどクラスメイトと話さず、同調シンクロ率を上げることしか考えていなかったので気づきもしなかったが、その顔からなにか重大ななにかがかったのだろう。


「そっちこそ何やってるんだ? 野球部にでも入ったのだと思ったが」

「野球部は……入れなかったよ」

「なに?」


 






 齋藤健二はどこにでもいる野球好きの少年だった。いや、どこにでもいるというのは少し語弊がある。彼には一人兄がいた。


『流石だ謙一。この前の大会も大活躍じゃないか』

『すげぇや兄ちゃん!』


 彼は端的にいって天才と呼ばれる球児であった。謙二が覚えている限りでは、兄に憧れて野球を始めたはずだ。はず、というのも幼少の頃だ、はっきり覚えていないだけだ。

 年の離れた憧れの兄、そんな兄の最後の記憶は、


『それじゃ、行ってくるよ』

『うん、兄ちゃんなら絶対活躍できるよ』


 アルマを使うスポーツの一つアルマ野球の名門校がある遠くの高校へ、推薦状を貰い家を出た兄の姿。その後数度の連絡はあったが、半年もしないうちに音信不通となり今は行方知れずだ。


 最初こそ精力的に探していたのだが、しだいに兄の事は家族内でもあまり話さなくなってしまった。それでも、野球にもアルマにも才能のあった兄に憧れて野球を続け、アルマ野球の名門でもあるこの学園を志望したのだ。

 自分はアルマの才能が薄かったのかもしれないが、それでもアルマ野球に触れていればいつか兄に会える気がしていたのだ。







「下位クラス、特にFクラスなんて門前払いだとよ。選抜テストとやらも無茶なこと言って追っ払う口実だったみたいだ……ハハ、笑っちまうな」


 光一は齋藤の事情など知らない。が、彼にとってここの野球部に入れなかったことが大きなショックなことぐらいは分かる。

 

「下位クラスはこっちで愛好会やってろだってさ。愛好会なんてもう人いないらしいんだけどな……」


 力なく笑う齋藤。それを見た光一はグラウンドの方に歩きだす。


(ま、こんなこと聞かれされても迷惑だよな)


 齋藤からすれば、数度話しただけの相手に愚痴を垂れ流したようなものだ。少しだけ自分と同じように部活から門前払いをくらったのかとも思ったが、それも違うようだ。自分もただ愚痴っていても仕方ない。とりあえず疲れた今日は帰って、明日にでもどうするか考えよう。


「ほれ」

「? これ」

「落ちてたやつだがキャッチボールぐらいできるだろ」


 そう考えていると、光一から何かが投げ渡された。それは使い古された硬球。光一が先程までのランニング(全力疾走)中に拾った代物だ。

 受け取った齋藤は少し戸惑った様子だったが、どうやらキャッチボールくらいには付き合ってくれるようだ。齋藤は右手で投げて右で取ることになってしまうが、軽いキャッチなら問題はない。互いに無言のままキャッチボールが続いた。


「もう肩は温まったろ」

「!」


 光一が球を投げ返すと同時に座った。その姿勢で左手を突き出す姿勢はまさにキャッチャーのもの。次第に距離を開けていたのもあり、今の距離はピッチャーとキャッチャーの距離とほぼ同じ程度。

 肩は既に準備できている。色々な鬱憤うっぷんを晴らすように腕を上げる。ワインドアップから投げられたボールは綺麗に光一の手に収まった。


「ナイスボール」

「おう」


 それからはまた無言が続いた。だが、キャッチボールの時のように若干の気まずさを感じる無言ではなく、ただ投球が楽しくてついつい無言になってしまっているのだ。


「二か月後、クラス対抗戦がある」

「? ああ、あるな」

「そこで上位クラスのやつらを倒すくらい目立てれば、いいアピールになると思わないか?」

「! お前、まさか……」


 下位クラスの多くが、上位クラスとの違いに消沈するなか、目の前の男はまったく落ち込んでなどいない。それどころか、その状況を打破しようと黙々と行動していた。


「俺は放課後ここで特訓してるが、一緒にやるか」

「おう! もちろんだぜ!」


 そんな男に協力することをためらう理由などなかった。








「あれ、そういえば。アイツに俺がピッチャーだって言ったか?」


 帰り道、ふとそんな疑問が浮かんだが、明日からの事を考えての興奮の前にはすぐにそんな疑問は掻き消えてしまったのであった。





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