第43話

「うーし、とりあえず軽く基本的な事は教えたから後は好きにしな。またちょくちょく様子見に来るぜ」

「おーい、大丈夫か」

「……」


 足運びから重心の取り方といった、闘うための基礎を軽くとはいえ数時間通しで殴られながら指導を受けた斉藤はすっかり伸びていた。


「起きろ」

「ぬおっ!? 寝てたのか」

「回復剤打っておいたから体力は戻ってるだろ。ほら、まだまだやるぞ」


 斉藤が伸びているうちに葉波から受け取っておいた回復剤を斉藤の首に刺しておいたので、体力は十分にあるだろう。強くしてくれと頼まれた以上手を抜く気は毛頭ない。それこそ、彼の口からギブアップの宣言でも出ない限りは。


「俺から要求するのは一つだ」

「たった一つでいいのか」

「この合宿中にアルマを解除するな」

「……マジ?」


 アルマの同調シンクロには多大な集中力が必要であるというのは、アルマ学の教科書の序盤に書いてあるくらい周知のことである。斉藤の実力では同調シンクロ率の最大を維持できるのは二十分程度、光一の指導はそれを超えろと裏に言っていた。






「早く同調シンクロ率上げないと大けがするぞ」

(クソッ、意識が……)


 光一の回し蹴りが斉藤の防御を上回る速さで直撃する。斉藤は気づいていた、今の光一は全力ではなく斉藤が全力を出していればギリギリ防げる程度の攻撃しか出していない。

 さっきから二時間は通しで組手を続けている。気力はあっても、体の方が持たなくなってきた。


「ほれ、少し休憩にしてやる。ただ、意識落としてもいいがアルマは解除するなよ」

「ちょっ、待て!」


 休憩という言葉に喜んだのも束の間、壁まで吹き飛ばされていた斉藤に一気に接近した光一は懐から出した回復剤を突き刺す。回復剤は中に睡眠薬も複合されており、意識が落ちている間に肉体の修復作用を高めることで回復を行うものである。

 

(アルマを解除するなって、こういうことかよ)

 

 なんとかアルマを維持しようと集中力を振り絞りながら、睡眠作用に耐えようとする斉藤であったが、最終的には意識を落とすのであった。


「うっ、あれ、俺は……何してたんだっけ。って危ね!?」

「まだ寝ぼけてんのか。起きたなら続きやるぞ」


 ぼやけていた頭に容赦なく襲い掛かる蹴りをなんとか防御した斉藤。


「あれ、俺いつのまに装着インスタリアムを」

「ま、アルマを解除しなかったことは褒めてやるよ」


 光一の蹴りを防御して痺れた右腕。そこには安定性も同調シンクロ率も伸び悩み、何度か恨みもしたアルマがしっかりと装着されていた。まだまだ小さな一歩だと目の前の友人は言うのかもしれないが、右手の痺れを実感に変えて斉藤はまた拳を握るのであった。



「俺の特訓につきあってもらっておいてなんだが、光一は代表決定戦は大丈夫なのか」


 お昼時、アルマはつけたまま自販機のパンにかぶりついていると、斉藤がそんな事を聞いてきた。


「ま、代表決定戦の方はたぶん大丈夫だな。お前が俺の全力と戦えたら危ないかもしれないけどな」

「そりゃ安心だ。…………ちなみに俺はどうだと思う、正直に言って構わんから光一の意見を聞かせてくれ」


 朗らかな口調から一転、真っ直ぐに光一を見つめる斉藤。その瞳には期待や不安など複雑な感情の混じりが見える。それを見て、光一はペットボトルのお茶を一口飲んから口を開いた。


「このまま特訓を続けていれば六、七割ってところだな。俺とお前が代表になるとするならな」

「そんなにか!」

「ただし、お前と谷貝が闘わないことが前提だな。あいつとお前じゃ勝機は良くて五パーセントってところだな」

「そんなに強いのか? アルマ学だと毎回高得点みたいだけど」

「そもそも谷貝の奴ならCくらいには入れただろうな。なんの狙いがあったか分からんが、そこらのFの連中とは地力が違う。多分だが、顕現者エクスプレスナーでもあるぞ」


 顕現者エクスプレスナー、その言葉を聞いて斉藤の表情が一瞬固まった。


「なあ、やっぱり顕現者エクスプレスナーじゃないと厳しいかな」

「どうかな。代表に選ばれるくらいなら能力スキルなしでも十分だと思うが」

「それじゃあ対抗戦の方はキツイってことかよ」


 斉藤がその言葉を言った後に“しまった”と思ったがもう遅い。出した言葉を引っ込めることはできない、それどころか言うべきでない言葉が溢れてくる。


「さっき盗み聞きしちまったけどよ、ダブルになったんだっけ。おめでとう」


 嫌みのような口調で祝いの言葉が出た。本当なら放課後にでも安いファストフード店で駄弁りながらに口にしたかった言葉は、相手を困らせるための道具になってしまった。


「…………俺の能力スキルは確かに二つある。一つは集約せし力ディスペラード


 斉藤でも知っているほどにありふれていて、それでいてハズレ能力スキルの烙印を押されることもある。


「それでも、二個目があるんだろ。ダブルの人の二個目は珍しい能力スキルになりやすいって聞いたことあるぜ」


 斉藤が言葉を発すると同時に、光一はシャツを脱ぐと右腕部分を大きくまくり上げた。


「二個目は限界突破オーバーリミットだ。確かにそこそこ珍しくはあるな」

「お前、その右腕……」


 光一の右腕にはおびただしい数の生傷が刻まれていた。


 限界突破オーバーリミット能力スキルについて、斉藤は昔ネットの記事で見かけたことがある。その能力スキルは歴史が古く、戦争をやっていた時代からある古参なもので、その頃は名前が違っており、その事についてまとめたものを見たことがあったのだ。

 当時の名は、特攻。どんなアルマの能力も引き上げることができ、汎用性も高く強化倍率も本人次第でいくらでも上げることができる能力スキルなのだが、その代償は多大なものであった。この事を声高に叫ぶ者は少ないが、先の世界大戦での勝利のは人道を無視して強制的にこの能力を(スキル)を使わしたことが勝因と考える学者もいるくらいである。


 回復剤の蓋を開けて、緑色の液体を傷口にかけながら光一は話す。


「お前にどんな能力スキルが眠っているかは知らない。なんなら、能力スキルを目覚めさせるための特訓をする時間で闘いの特訓をする方が着実に強くなれるだろうよ。それでも、あがいてみるか?」


 自分が言ってしまったことを考えれば、少しは不機嫌になっても不思議ではないというのに、そんな素振りを微塵も見せず、それどころか当然というように淡々と話す光一。

 その言葉を聞いて、ごくりと生唾を飲んだと同時にいつのまにか斉藤は頷いていたのであった。 




  

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