第42話

 とある日の土曜日、斉藤は朝からランニングをしていた。


(クソッ)


 昨日の能力測定(スキルズスキャン)の結果を思い出して、走りながら心の中で思わず悪態をついた。ここしばらく自分では努力をしていたつもりで、同調(シンクロ)率も良いペースで上がっていたと自負していたのだが、ここまで能力(スキル)の兆候は彼になかった。


「あれ、ここどこだ?」


 モヤモヤした気持ちを振り切るつもりでいつものコースを超えて走っていたのだが、気が付くと見たこともない河原にまで来ていた。

 がむしゃらに動いていた足が止まると同時に、体中から熱気と汗が噴き出し疲労感がおそいかかってきた。とりあえず近くにあった自販機でスポーツドリンクを買うと、背中を自販機に預けてペットボトルの封を切る。


「あー、戻るのめんどくせぇな」


 一口で中身の大半を飲み干し、熱気混じりのため息をついた。限界まで走っていたのあって、ずるずると自販機にもたれかかるように腰を下ろした。


「「あ」」


 その時であった、目の前を走り去っていこうとした光一と目が合ったのは。





「よう謙二、お前もランニングか」

「あ、ああ」


 歯切れ悪く返事をする斉藤を尻目に光一は土手の方に降りて、何やらストレッチを始めていた。クールダウンかとも思ったが、さらに運動をする前準備と言ったところだ。


「なぁ光一。お前、この前の能力測定(スキルズスキャン)どうだった」


 同じく土手に降りながら口にした言葉を反芻してから、“しまった”と斉藤は軽く後悔した。代表決定戦まであと十日ほどしかない、こんな時期に情報を明かしてくれる訳がないそう思っていたのだが、


「とりあえず右腕の同調(シンクロ)率が五十は上がったな」

「五じゅ……!?」


 確かに同調(シンクロ)率は低いほど上がりやすいとはいえ、五十もこの二ヶ月ちょっとで上がるなど、そこらに転がっている『短期間で同調(シンクロ)率が驚くほど上がる』などの胡散臭さ満点の情報商材でも噓くさすぎて躊躇するほどだ。


「優勝狙ってるんだ、このぐらい普通だろ。俺はまだ運動していくけど斉藤はどうする?」


 さも当然のように語る光一を見て、斉藤は心を決める。


「頼む、俺も特訓に付き合わせてくれ! 最近伸び悩んでいてこのままじゃ代表決定戦すら夢のまた夢だ! どんなに辛くてもいい、ライバルが増えるっていうなら断っちまってもいい! けど、それでも許してくれるなら俺を強くしてくれ!」

「……キツイぞ、お前の想像の数倍はな」

「分かってる」



 思い切り頭を下げて頼んだ。光一がクラス対抗戦の優勝を目指しているのは知っていたが、それでも本当に実現できると考えてはいなかった。それを本気で目指すほど努力する心得のようなものだと思っていたが、光一はそれを現実にしかねないほどの努力を重ねていた。だからこそ、斉藤はどんなに辛くとも光一の横に立ちたいと願ったのだ。





「それで、何から始めるんだ」

「そうだな、まずは足りないものを自覚してもらうところからかな」


 光一は斉藤から数メートル離れたところに立つと、軽く構えをとった。


「かかってきな。アルマの制限は解除してある」

「へ?」


 下位クラスの生徒は事前申告をしていなければ、学園外でアルマを使えないという制限があるのだが、斉藤が学園のウィンドウを呼び出して確認すると確かにその制限は解除してあった。どうやったのかという疑問は尽きないが、そんなことよりも今は少しでも早く強くならなくてはいけない。


「こっちは使わないでおいてやるよ」

「随分舐めてくれるじゃねぇか。流石にここまでされたらどうなってもしらねぇぞ!」


 斉藤は両足と右腕にアルマを纏い光一に迫る。対する光一は生身であり、光一側は防御、攻撃ともにまともにできない。そのはずであったが、


「噓だろ……」

「同調(シンクロ)率を上げるのもいいが、安定性を上げることも大事なんだよ。強化にムラがあるから動きが硬いし、その分隙だらけってことだ」


 二十分後、斉藤は地面に転がされていた。こちらがどんなに攻めても暖簾に腕押しといったように受けられ、逆に光一の攻撃は的確に斉藤にダメージを与えていた。


「これから学園の方行くぞ」

「学園? 何すんだよ」

「決まってるだろ、合宿だ」




 休日でこそあるものの、学園には多少の人気はある。入り口で襟章を見せて、二人が向かったのは保健室、割とアルマを使った実習ではけが人も多いが、大抵の怪我では回復室という回復機材が並びAI管理された場所で治しているので、検査でもなければ生徒が立ち入ることはあまりない部屋である。


「笹山先生、やっぱりここにいましたか」

「ゲッ、谷中。なんでここに」

「なんだも何も、私が教えたからね」


 机の上に座って葉波と話していた笹山が、露骨にめんどくさそうな顔をする一方、葉波はすまし顔でコーヒーをすすっていた。


「休日にわざわざ来るなんてお前も暇だな。学生なら学生らしくどっか遊びにでも行けばいいだろ」

「代表決定戦が近いのにそんな余裕あるわけないでしょう。笹山先生、今日も個別修練場の使用許可お願いしますよ」

「はぁ、なんでこんなことになるかねぇ」

「別にいいじゃない。どうせ今日は溜まっていた仕事片付けに来たんでしょ、そのついでだと思えば」

「明香はこいつがどんだけ長々と居座るか知らないからそんなことが言えるんだ……」


 渋い顔をしながら、個別修練場の使用許可を出す笹山に軽くお礼を言って光一と斉藤は部屋を出た。


「おい、光一。お前いつの間に笹山先生と仲良くなったんだよ」

「お前こそなんで保健室で固まってたんだよ、声も出さないから心配したぞ」

「当たり前だ! 笹山先生と言えばあの見た目に反して元軍のエリート部隊所属で、一度怒らしたら三年生のAクラスの生徒でもボコボコにされるって噂まである鬼教師だぞ!」


 光一からすれば、細かい作業が大嫌いで今日も締め切りが近づいた葉波に仕事を手伝ってもらっているようなだらしない一面のほうが先んじて浮かぶような人なのだが、どうやら生徒間での印象はまた違ったものらしい。


「ほう、“あの見た目”とはどういうことかな」

「それはもちろん子供みたいなちんちくりん……」

「斉藤、後ろ」


 光一が忠告したのも無念、斉藤はいつのまにか後ろにいた笹山に物凄い力で引っ張られると、


「今日は代表決定戦に向けての特訓だったな。ちょうどいい、私が直々に絞ってやろうじゃないか」

「ちょ、離し」

「良かったな斉藤。元軍のエリートからのマンツーマンだぞ、これは効果があるだろうな」


 笹山に引きずられながら、斉藤は早くも小一時間前の自分の選択を少し後悔するのであった。





 

 

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