第44話

「よ、まだ起きてたのか」

「先生こそ、もう日付変わってますよ」


 時刻は深夜の一時を回ったあたり、簡易宿泊所近くの自販機の前に居た光一に笹山が話しかけてきた。やや眠そうな顔をしながら、隣の自販機でいくつかの飲み物を買った笹山は、そのうちの一本を投げ渡すと、


「ほれ、こんな時間まで頑張ってる生徒にご褒美だ。ちょっとそこらで話そうか」

「あんまり寝るのが遅いと成長に障りますよ」

「喧嘩売ってるのか」

「冗談、自分のことですよ」


 笹山から飛ばされた殺気を受け流しながら、彼女に連れられて近くのベンチに座る光一。


(つーかなんだこれ、極糖コーヒー?)

「お前、結局のところどうなんだ」


 光一が渡された缶コーヒーに苦い顔をしているのも気にせず、笹山は『ハニーミルクシュガー』と書かれたジュースを飲みながら聞いてくる。

 一口飲んだ段階で、甘すぎる以外の感想が湧いてこないそれを何とか飲みながらどう返答するか悩んでいると、急に笹山が光一の右腕を掴むと確かめるように揉みだした。


「何か?」

「お前、限界突破オーバーリミットをいくつまで上げている」

「大体三百パーセントくらいですかね」

「バカ! お前だって知らない訳じゃないだろ。限界突破オーバーリミットの代償を」


 笹山の言うところの代償とは、限界突破オーバーリミットの倍率に比例して自身の体が傷つき激痛が走るというものであり、百五十パーセントを超えた辺りから常人は痛みで装着インスタリアムを維持するのも困難とされ、二百を超えれば骨は軋み肉は裂ける。

 限界突破オーバーリミットの資料でも、安全に使えるのは五十パーセントとされているほどであり、校則で限界突破オーバーリミットの使用法に制限がないのは、肉体を崩壊しかねない倍率を出そうとする大馬鹿がいるなど想定していなかったにすぎない。それを三百まで引き上げて使用しているなど、教育者の立場からしてすぐにでも止めなければならない。


「それで?」

「なっ!」


 一息に極糖コーヒーを飲み干し、立ち上がった光一が笹山を見下ろすその視線は、軍人として様々な人間に出会ってきた笹山だからこそ分かる異常さを孕んでいた。

 

「……教育者として、その使用法を禁じると言ったらどうする」

「それはあくまで、己の限界も知らずに引き上げるような馬鹿に言う言葉だろう? なら、試してみるかい?」

「いいだろう、少しばかり痛い目見せた方がいいと思ってたところだ」


 軍人としての本能か、光一の纏う雰囲気がほんの少し変質したのを肌で感じとりながらも、未だ謎のの多い光一の底を知れるまたとない機会だと言わんばかりに、光一の背中を追って無人の修練場にと入って行くのであった。












「……ふぁあっと、よく寝たぜ」


 斉藤が目を覚ましたのは午前四時半を少し過ぎたあたり。使用した回復剤の効果時間が三時間なのだが、疲れが出たのだろう。修練場の固い床で寝たのにも関わらず、一時間半も寝坊してしまっていた。


「しっかし回復剤ってのはスゲーな。あんなに痛かったのに筋肉痛すらありゃしねぇ」


 立ち上がり全身の伸びをしていると、背中側の扉が開く音がした。


「起きてたのか。ほれ、それ食ったら特訓の続きするぞ」

「いきなりかよ。ま、そのぐらいでもねぇとあいつらには追い付けねぇよな」

「分かってるじゃねぇか」


 十秒でチャージが完了しそうなパックのゼリー飲料を二人は飲み干し、また組手を始めるのであった。まともな休みは、ほんの少しの食事と回復剤を打たれて気絶するように寝ているときのみ。

 それでも、斉藤に不満はない。少しづつ、しかし確実に強くなっているのを感じられているからであった。







「舞! 舞!」

「んっ ここは!?」


 笹山が起きたのは、葉波が受け持つ研究室の回復ポットの中であった。回復液で満たされた棺桶のようなものに裸で寝かせられており、意識が戻ったことに気づいた葉波がポットの蓋を開けて駆け寄る。


「舞、一体何があったの!? 谷中君が夜中にボロボロの舞を連れてここに来たのよ!」

「谷中のやつが? あいつ!」


 目覚めたばかりで曖昧だった頭がようやく冴えてきたと同時に、ポットから体を起こし立ち上がろうとしたが鈍い痛みを感じてその場に崩れ落ちた。


「まだ立っちゃだめよ、あと二時間はそこに入っていないと」

「それよりも谷中の方はどうしたんだ……あいつの方も重症だった筈だろ」

「それが舞を回復ポットに入れたら、そのまま一般の回復ポットの方に行くっていって聞かなくて……」

「馬鹿な! なんなら私より重症の筈だぞ!」


 信じられないといった顔で叫ぶ笹山。


「ねぇ舞、もう一度聞くけど何がっあったの?」

「谷中のやつと本気で闘ってきた」

「本気ってまさか!」

「心配すんな、は使ってない。でも、いつものトレーニングアルマだけじゃなくてちゃんとした教員装備だったし能力スキルだって一つは使ってたさ」


 笹山の弱弱しい言葉遣いに、いつもなら茶々を入れる葉波だったがその内容の衝撃にそんなことも出来ずに呆然としていた。昔からの親友である葉波だからこそ分かる、学生の身で、しかも落ちこぼれFクラスがこんなことをしでかせるなど、目の前で本人から話を聞いていても信じられないほどである。


「私は最悪腕の一本くらい折って現実を教えてやろうって思ってたんだ。限界突破オーバーリミットなんて能力スキルに頼り切って、取り返しのつかないことになるより先に、まだ一年生で時間はあるから地力をつけていけって言うつもりだったんだ!」


 笹山の目線が俯いていく。言葉を発するたびに先の闘いの内容が脳裏に浮かぶ。


「だけど、それは間違いだった。最初から全開で、んだ」





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