第45話

 光一がこの世界に来てからかなりの時間が経ってきた、最初こそ微妙に違う枕にすらなれなかったが人間の適応力とはなんと素晴らしいものか、今では自身操作すら使うことなく熟睡できるまでになっていた。


「や、おはよう」

「うおっ!! お、おはよう、リース」

「相変わらずの目覚めだね。そろそろ慣れそうなものだけど、そうもいかないのかな?」


 だが、それでもまれにあるリースの目覚ましに慣れる様子は一切なし。今朝も、目覚めた瞬間に壁橋に張り付くように後ずさりして起きたくらいである。


「これでも随分と慣れた方だと思うがな」

「まあそうかもね、最初の頃なんてベットから転げ落ちてたからね」

「分かってるなら、せめて昨日の内に連絡してくれ……」

「それはどうだろうね」


 こちらをからかうように見つめるリース。異世界という孤独な世界において、光一が発狂はおろかホームシックに陥る様子すらないのは、彼女との何気ない会話が原動力となっているのかもしれない。


「今日は代表決定戦なんだって」

「一応その予定だけど、覚えてたのか」

「そりゃあ、私の仕事の成否がかかった日でもあるからね」

「そういえばそうだな。ちょっと忘れてたよ」


 朝食を食べながら、そういえば今日は代表決定戦の当日であったことを思い出した。普段なら忘れるはずないのだが、朝からリースの顔を見たせいで、今の今まで頭から吹っ飛んでいたのだ。


「おいおい、大丈夫かい? これで準備不足でしたとかい言わないでおくれよ」

「勿論、十中八九受かるさ」


 靴を履いて、玄関先にまで見送りに来てくれたリースを安心させるように、親指を立てて

出ていこうとすると後ろから軽く引っ張られた。


「それじゃ、これでも食べて残りの一を埋めてもらおうかな」

「これ……おう。任せといてくれ」


 振り返ると、緑色の包に入った何かを渡された。中身は四角い箱のような何か、手探りでそれの正体はすぐに気づいた光一は、薄く笑って玄関の戸を開けるのであった。










「さて、本日の授業だが、前もって告知していた通り“代表決定戦”を行う」


 いつもはだるそうに生活しているFクラスの面々も、今日ばかりは緊張の様子が隠せていないようであった。騒がしい昼食の時間すら、妙に大人しかったりそわそわと席を立ったり座ったりする者が多いほどである。


「ルールをもう一度説明しておくぞ。今回は学園の転移装置を使い番号順に転移していくが、戦闘行為は最後の一人が転移されてから一分経つまで禁止。脱落は気絶かギブアップ、緊急装置(セーフティ)が発動した時に脱落とする」


 ここまでは事前に説明されていたものと同じ。毎年やっているであろう説明を終えた笹山であったが、ちらりと光一の方を見ると、


「……ただ、今回は“アルマが全て脱げた者も脱落とする”」


 睨みつけるような視線を向けて、そう付け足すのであった。






「なあ光一、最後のルールなんで付け足されたんだろな。別に、アルマが全部破損したら勝手に緊急装置(セーフティ)は発動しちまうだろ?」

「さあな? 何か不都合なことでもあったんじゃないか」


 転送装置に入る列を待っている間、斉藤がそんな事を聞いてきたが、光一は肩をすくめてわざとらしく流してみせた。笹山が追加したルール、これにより光一は入学試験で使ったような戦法は使えないという訳だ。だが、


「ほれ、順番来てるぞ。俺もすぐ行くからよ」

「おう、光一も頑張れよ」


 その程度で谷中光一の心が揺れることはない。生徒たちが転送装置に入っていく間にも、こちらを見つめてる笹山に小さく笑ってみせながら、光一は転送装置に入っていくのであった。






 今回のフィールドも、いつもの演習と同じ舞台であるが、転送装置を使って一気に奥まで来ると少々感覚が違うものである。


(ここは……結構奥まで飛ばされたな)


 光一が飛ばされたのは、その中でもかなり奥の方であった。宝探しの演習でも、一度通っただけという程度には見たことない場所であったが、記憶復元(メモリーリペア)ですぐに思い出し現在位置の確認を済ます。

 いきなり移動させられれば、多少なりとも困惑するのが人間という者である。特に、このような緊張する場面では、与えられた一分という時間をわたわたとそこらを駆けて無駄にするのも多数いるだろう。


 もし、この状況で落ち着いている者がいるとしたら、


「さて、とっとと代表になってリースに報告しないとな」


 圧倒的な力を持つことに一分の疑いのない者か、


「うっし!! 気合入れるぞ」


 底抜けに強靭な心を持つ者か、


「……始まったか」


 この一線に向けて完璧と自負する準備をこなしてきた者だけだろう。





「後二秒で始まるが、そこら中に隠れてるお前らはどうするんだ?」


 光一の四方から十人は超える数の生徒が出てくると同時に、開始のアラートが鳴り響くのであった。

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