第46話

(何かがおかしい……こんなにも人と会わないものだったか?)


 代表決定戦から二十分弱の時間が経っていたのにも関わらず、斉藤が他生徒と会うことは未だ無かった。息をひそめて漁夫の利を狙っているのならともかく、斉藤は開始からずっと動き回っているというのにまともに気配すら感じないのだ。


「誰だ!」


 流石に妙な気配を察し、歩く速度を落として周りの気配をより深く探りながら探索していると、僅かに枝を踏む音が前方から聞こえた。


「や、奇遇じゃない。まさか一人目がアンタとはね」

「なんだ、山崎かよ。いきなり知り合い相手とはやりずれぇな」


 斉藤が苦い顔をしながら戦闘の構えを取っているのを見て、山崎は慌てて静止しようと両手を前に出して振る。


「ちょちょっと待った! せっかく会えたんだからここは協力しない?」

「協力? これは一応個人戦だろ?」

「アンタ、まだこれがフェアな個人戦だと思ってるの?」

「はぁ?」

「このクラスの半分近くは、もう徒党を組んで行動しているわよ。谷貝ってヤツのせいでね」

「嘘だろ!? それってどういうことだ!」


 驚愕しながら詰め寄ってくる斉藤を引きはがし、ため息をついてから山崎は口を開いた。


「アンタらは対抗戦に向けて自分の力を鍛えてたみたいだけど、谷貝の奴はその分根回しに力を割いていたのよ。対抗戦は出るだけで莫大なAPが手に入るけど、まぐれフロックで出たところで笑いものがオチ。だったら、AP貰って対抗戦の出場権は譲るって輩が出るのは不思議じゃないでしょ」


 山崎の説明を受けて、斉藤は確かにと納得したように腕を組む。歴代の対抗戦ではほぼ毎回のようにFクラスが最下位、良くてブービーという結果であり、何十年も前に一度だけ優勝をしたという記録がありはするが、毎年の笑いものである現実は否定できない。それならば、APで買収というのも恥をかくぐらいならと受ける生徒もいるだろう。

 それに、今のFクラスの戦力は例年に比べてかなり歪である。いくらFクラストップとはいえ、谷貝の力はCクラス程度なら楽に入れてもおかしくない。結果、普段の演習でもAPをほぼ独占している上に、クラスの大半はどうせ谷貝には勝てず、残り一枠を奪い合うくらいならAPを貰った方が得だと判断してしまっているのだ。


「ふーむ、なるほど。なんとなく状況は分かったが、なんでそんな谷貝のこと詳しいんだ?」

「……昔、ちょっとね。それよりも谷中のやつと合流しましょ、今は少しでも頭数が欲しいわ」


 一瞬、山崎が暗い顔をしたようにもみえたが、それについて言及するよりも先に彼女の背後から一発の砲弾が飛んできた。


「きゃあ!」

「な、なんだ!?」


 無防備な後頭部に砲弾を食らい、前のめりに倒れる山崎を斉藤は受け止めたが、まともに受けていれば気絶してリタイヤしかねない一撃。だが、


「いっつつ……危なかったわ」

「大丈夫か!」


 山崎は頭をかるく抑える程度であっさりと立ち上がった。斉藤の目が確かなら、砲弾はキャノンのものであり、不意打ちならもっとダメージがありそうなものだと疑問に思っていると、がさりと砲弾が飛んできた方面の茂みが揺れた。


「やっぱりか、既に付与者エンチャンターとして覚醒してやがったな」

「谷貝……っ」

「え? お前ら、知り合いなのか?」


 茂みから現れたのは、右腕にキャノンを携えた谷貝であった。

 斉藤からすれば、この二人が仲良くしているどころか、教室で話しているのも見たことない程度の仲だと思っていたが、二人の間に流れる空気は明らかに過去に何かがあったような雰囲気である。


「知り合いってほどでもないわよ、中学時代に同じアルマ塾に通っていただけ」

「そこの特進にいたってのを言わないのは、何か理由があるのか?」

 

 谷貝の返答に山崎は言葉を詰まらせた。アルマが一般的になった世間では、中学までに一度は適性試験を受けているもので、そこで良い結果が出ていれば外部塾などでさらにアルマを使った進路を目指すのはそう珍しいものではない。


「積もる話はいいさ、そういうのは本題の後でしようぜ」

「本題?」

「お前、俺の仲間になれ」

「は?」


 唐突な勧誘に、山崎の口から思わず間抜けな声が出た。先ほど不意打ちで攻撃しておいて仲間になれと言われれば、こんな反応にもなるだろう。


能力顕現者エクスプレスナーとして覚醒もしてないなら、いくらお前といえど仲間にする価値はないと思っていたが、そこまで使えるなら俺の仲間としては合格だ」

「仲間になる気はないっていったら? それに、能力顕現者エクスプレスナーの仲間が欲しいならそっちの息がかかったやつらにも何人かはいるでしょ」

「あいつらはダメだ。所詮Fクラスとでも言おうか、ただの通信系や限界突破オーバーリミットみたいな、なんの変哲もない能力ばかりで使い物にならん」


 山崎の持つ能力、付与者エンチャンターは防御、攻撃、敏捷などの能力を上昇させることができるというシンプルである一方で、他人にも使えるという珍しさを持ち、Fクラスではトップクラスのレア能力である。


「そんなに悪い話じゃないだろ。痛い思いもせずに、対抗戦の代表になれるし、俺とお前が組めばワンチャンCクラスぐらいまでなら倒せる。そうなれば、来年の振り分けやスカウトだって来る」

「……それが狙いってわけね」


 アルマを用いた職は無数にあり、高いアルマの操作技術が求められる職や大学は早めにスカウティングを行っている。そして、一年の内に一番早く外部スカウトや内申点に大きく加算されるイベントといえばこのクラス対抗戦なのだ。

 過去に、Fクラスでありながら上位入賞を果たした生徒は来年度から上位クラスに推薦され、いまやアルマを使ったプロにスカウトされて就職している。そのぐらいFクラスからのジャイアントキリングは高く評価され、それを意図的に狙っているのが谷貝という男なのだ。


「谷中ってやつも馬鹿な野郎だ」

「お前、何を言って!?」

「能力こそスカだが、能力顕現者エクスプレスナーとして一応覚醒しているから手駒に誘ってやったのに断るなんてな。今頃俺の手駒達にボコられてるだろうよ」

「……二、三人程度で光一をどうにかできると思わない方がいいぜ。アイツは強いぞ」


 斉藤の発言は強がりではない、数日にわたる特訓で光一の実力は身に染みている。谷貝の手駒になることを選んだような烏合の衆が数人いたところで、光一ならどうにかするだろうという確信があるからこその言葉。しかし、


「何か勘違いしているようだが、俺に協力しているのはだぞ」


 谷貝から発せられた言葉は、その確信すら揺らがすようなものであった。


 

 




 

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