第12話

 関田との決戦から二日後。光一と天河は、ようやく退院が言い渡され、すっかり元の日常に戻った…………と思っていたのだが、


「おい、智也。聞いたぞ! 襲撃者相手に大立ち回りしたって!」

「いや、俺は両手に拳銃持ってハリウッド並の銃撃戦をやったって聞いたぞ!」

「そこにいた谷中も同じくらい活躍したってホントか!?」

「頭に弾丸喰らっても闘ったってのも本当なのか!?」


 学校に着くやいなや、これだ。どうやら同じく質問責めにあってはいた斎藤と久崎、鳳条の三人が昨日の内に言った言葉が尾ひれがついて広まっているらしい。ただでさえ、病み上がりのようなものなのに、こんな状況では休まるものも休まらない。

 

「ふう、ここは静かみたいだな」


 昼休み、光一は旧校舎の屋上に来ていた。ここは普段施錠されており、一般の生徒は立ち入れない。だが、屋上近くの空き教室の窓からジャンプして侵入する程度、今の彼なら容易いことである。念には念を入れて、屋上にある貯水タンクを背にしているので、校舎側から他の生徒に見られることもない。


「俺……本当にあんなことしたのか」


 既に理解したつもりだったが、改めて話題に祭り上げられると、自分が何をやったのかについての実感が湧いてくる。

 ごろん、と仰向けになって自分の手を見てみる。魔力を流せば、この手には下手な銃器以上の力が宿っている。飲み切ったスチールの空き缶を握ってみると、まるでアルミかプラスティックのようにひしゃげた。


(ま、どんな力だろうと、俺はリースの従者。その通りに力を振るうだけさ)


 しばらく青空を眺めていたが、予鈴を聞いて光一は体を起こす。彼の心は決まっている。あの日、彼女の手を取ったその時から、それは周囲からどんな言葉を聞かされても変わらない。







 質問責めも放課後には収まり、一人になった帰り道。冷蔵庫が空っぽなのを思い出し、適当な買い出しをしての道すがら、


「よう、お前さん。傷は大丈夫なのかの?」


 珍しい人に会った。和服に草履、このご時世にこの格好とくれば見間違いはしない。


「こんにちは、宗一郎さん。散歩ですか?」

「ま、散歩といえば散歩じゃが……ちとお前さんを探してての」

 

 宗一郎は道端で話すのもなんだからと言って、近くの公園に入っていく。その背中はついてこいと言っているようで、光一もその後を追う。


「凜から聞いたぞい。格上あいてに殴り勝ったとか」

「いやぁ……運が良かっただけですよ」


 歩きながら関田との一件を話題に出され、今日一日で慣れてしまった対応を繰り返す。公園の中央あたりに来たところで、宗一郎は動きを止める。すると、


「!? 何を……するんですか」

「これを避けられる時点で、なんて言い訳は通用せんぞい」


 いきなり拳を放ってきた。その身に纏う圧は、寸前で避けなければ直撃してていると光一の脳内に警告を鳴らす。

 目の前で構えを取る宗一郎は、不敵に笑ってはいるが、明らかにいつもの組手のような遊び心はなく、本気で闘うと言わんばかりの目であった。


「それだけ動けるなら、傷の方は大丈夫じゃろ。さて、ちょいと組手に付き合ってくれないかの、光一」


 とても、断わるといったところで聞いてくれるような気配ではない。


「五分だけですよ。早いとこ生ものは冷蔵庫に入れたいんでね」

「十分じゃ」


 互いの距離は三メートル。光一も構えを取り、集中コンストレイションを発動する。


「ほう、その構え、どこで教わった」

「秘密です。正攻法で勝てるとは思わないんでね」


 その声を合図に、宗一郎は一歩踏み込むが、光一の蹴りがそれを許さない。いくら光一が自身操作で久崎流の技を真似ようと、それは一度は見ないと再現は不可能。そして、娘の友人で特に才能のない男に真髄まで見せる程、宗一郎は優しくない。

 となれば、久崎流で真っ向から打ち合ったところで技術力の差で撃ち負けるのは目に見えている。ならば、こちらの数少ない長所を活かすのが必須。


「サバットか、中々様になっとるじゃないか」

(思ったより割れるのが早いな)


 光一が模倣しているのはサバットと呼ばれる武術。これは足技をメインとした格闘技なのだが、空手や久崎流と違い靴を履いていることを想定している珍しい武術だ。パリの武術ということもあり、もの珍しさで少しは牽制できるかと思ったのだが、想定以上に早く正体がばれてしまった。

 

「じゃが、まだまだ甘いの」


 宗一郎は、光一の伸びきった足を横から弾くように受けて前進。ただ歩くのではなく、上半身と下半身の動きを僅かにずらすことで、光一の目に錯覚を起こさせる。

 想定より距離を詰められてしまったが、集中コンストレイションのお蔭で思考し、冷静になる時間はある。今の距離でサバットの蹴りは威力が半減してしまうが、


「次は拳闘か」

「打ち合いで勝てると思うほど、思い上がってはいないんでね」


 この距離は拳の距離だ。宗一郎の身長は光一よりも、五センチほど小さい。アウトボクサーのようにステップを刻み、スナップを聞かせた左を放つ。サバットよりも資料が多く見つかったお蔭で、先ほどより練度の高い攻撃をしていたのだが、


「捕まえた」

「!?」 


 宗一郎の前蹴りをスライドして避け、カウンターの右を放つつもりが、引っ張られるような感覚と共に前のめりになる。ちらりと左に視線を向けると、宗一郎の足の指が光一の袖を掴んでいた。なんという足技。だが、それに驚いている暇はない。

 目の前に迫る宗一郎の拳。正確無比な一撃は光一の顎を狙い、一撃で意識を刈り取ろうとする。カウンターのカウンターとなれば、避けられるタイミングではない。


(決まったかの…………ぬうっ!?)


 その拳は光一の顎を捉えた。そのはずなのだが、妙に手ごたえが薄い。まるで、柔らかい柳に拳を放ったかのように抵抗がない。その技を、その動きを宗一郎は知っている。


「久崎流 柳」


 確かに、久崎流の技の応酬になれば、練度で今の光一が勝つことは難しい。だが、それでも今までの経験から記憶復元メモリーリペアで再現でき、完成度が最も高い動きは久崎流である。ならば、ここぞという瞬間でたった一度ならば、宗一郎にも十分通用しうるのだ。

 顎の打撃を空かされたこと、そしてここまでの柳を完成させていたことに驚いた宗一郎は、ほんの一瞬、闘いから意識が逸れた。それを待っていたとばかりに、光一の右拳が放たれる。


(舐めるなよ、小僧!)


 対する宗一郎も、すぐに意識を切り替える。光一が久崎流を使うなら、その弱点を一番知っているのも自分自身である。宗一郎は、迫る右拳は構わないとばかりに前蹴りを光一の鳩尾めがけて放つ。

 柳は受け流しの技術だが、体の中心部への攻撃は対処がしづらい。さらに今は光一が攻勢に出ているので、後ろに跳んで流すこともできない。

 二人の攻撃はほぼ同時、防御のことは微塵も考えていない。次の瞬間、


「おーい、光一。五分経ったよ」

(なんじゃ!?)


 二人の横にいつの間にかリースが立っていた。その言葉を聞いて、光一の拳は寸止め。宗一郎の蹴りは直撃したかのように見えた。が、


「ああ、もうそんな時間か。それでは、時間ですので、失礼します。宗一郎さん」

「お、おお。そういう約束じゃからの」


 リースの声を聞いた瞬間、光一は過剰集中オーバーコンストレイションを発動。限界を超えた反応速度で前蹴りをガードしたのだ。

 そうして、お互い本気ではあったが、全力からはほど遠い一戦はここで一時幕を閉じるのであった。


「…………ワシの目も曇ったかの」


 一人、残された宗一郎の呟きを聞く者は誰もいなかった。


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