第11話
「勝った…………の」
山崎は目の前の光景を見て、思わずその言葉が漏れていた。あれだけ強大で、一度は倒されたはずの相手に、光一と天河の二人は勝ったのだ。手足の拘束が忌々しい、これが無ければすぐにでもあの二人に駆け寄りたいのに、それができない。
だが、今は邪魔をする襲撃者たちはいない。山崎含め、拘束されていた人々も食事用の刃物で各々拘束を解こうとしていた。
「おい、無事かよ? 光一」
関田を倒した天河はその場にへたり込んでしまう。アドレナリンでも出ていたのか、戦闘中は感じていなかった疲労感と鈍い痛みが襲ってくる。恐らく、そんな自分と同じくらい。いや、それ以上のダメージを負っているであろう光一に労うように話しかける。しかし、
「光一?」
返事は、なかった。
「……………………っん」
光一が目を覚ますと、そこは見知らぬ天井であった。真っ白な寝具に薄緑色の入院着に身を包み、寝かされていた。
「病院……か」
寝起きの頭で自身操作を使い、覚えている限りの記憶を思い出していく。
「そういや、俺。気絶したんだったな」
関田を倒した直後、自身に残された力が残り少ないと判断した光一は、傷の止血を残して全ての強化を解除。当然痛み止めもなくなるので、激痛に悩まされる前に、自身操作で自ら意識を落としたのだ。
寝たまま部屋を見渡してみると、枕元には誰かが持って来てくれただろうフルーツの盛り合わせが置かれ、病室は個室という豪華さ。おそらくは鳳条が用意してくれたであろう豪華な病室で、光一はようやく初めての戦闘から今まで張り詰めていた緊張を解いた。
「しっかし、随分中途半端な時間に起きたな」
壁掛け時計に目を向けると、時刻は夜の三時。とうに消灯時間を過ぎたようで、院内は静まり返っている。ずっと眠っていたようなものなので、眠気は全くない。スマホもなければ、暇をつぶせるようなものもない。
熟睡したお蔭で魔力はほぼ回復している。自身操作を使って、無理矢理寝てしまおうかと思ったその時。
ふと、カーテンがはためいた。
「やあ、調子はどうかな?」
カーテンのはためきが収まると、そこには窓辺に腰かけたリースの姿があった。月明かりをバックにした彼女は、また違った雰囲気を醸し出しており、
「その調子なら大丈夫そうだね」
その言葉を聞いて、フリーズしていた思考がようやく活動を開始する。ベッドから起きようと手をついた瞬間。
「ッ!?」
「おや、やっぱりダメージが残ってるのかな」
痛みが走る。自身操作で調べて見ると、両腕が肉離れを起こしていた。あれほどの無茶をしたのだ。目立った怪我がそれだけという時点で幸運なのだろうが、今はリースの前で無様な姿を晒したくないという気持ちが勝っていた。痛覚を麻痺させて、今度こそ起き上がろうとしたのだが、
「いいよ。今はゆっくりと休むといい。なんて言ったって、キミは大切な私の従者なんだから」
いつの間にかベッドの横にまで移動していたリースが、光一の額に人差し指を当てて制止させる。そう言われてしまうと、逆らう気は起きない。少し体を起こして、座るように楽な姿勢をとる。
「今回の神の従者だけど、彼はどうやら神にそそのかされていたみたいだね。と言っても殆ど洗脳みたいなものだけど」
リースは傍らにあったリンゴを手に取り、皮をむきながら話す。
「名前はフィオリア。彼女の言うとおりに彼は動かされていたみたいでね、そのうち神罰を受けてコキュートスでの幽閉刑でも受けるんじゃないかな」
事の顛末を話しているうちに、リースの手のリンゴはみるみるうちにウサギの形に形成されていた。というのも、皮を耳に見立てたウサギではない。果肉の部分を上手く削って妙にリアルなウサギができていた。
「ほら、できたよ。光一」
「凄いクオリティのウサギだな……」
「そうかい? 本には男の子へのお見舞いは、リンゴをウサギの形にって書いてあったから切ってみたんだけど。それとも、リンゴは嫌い?」
「いや、そんなことはないけど」
リースが一体どんな本を読んでいるのか気になったが、
「はい、どうぞ」
「…………え」
リースがウサギのリンゴを持って、光一の口元に差し出してきたのを見るとそんな考えは遥か彼方に吹き飛んでしまった。
恐らく高級なリンゴなのだろうが、リースの手から食べさせられたとなれば緊張で味は感じられなかったが、食べる端から進めてくるのであっという間に平らげてしまった。
「ふふっ、いい食べっぷりだね」
柔和に笑うリースに見つめられると、顔が熱を持つのが分かる。自身操作で抑えることもできるのだが、それをしてしまうとこの幸福感も無くなってしまうような気がして、光一はただ照れ隠しに横を向いて口を開く。
「そ、そういえば、他の人はどうなったんだ?」
「キミと一緒に闘っていた人らは他の病室に、人質の人らは事情聴取されて帰ったみたいだね。キミの友人も寝てる間にお見舞いに来てたよ」
「そ、そうか…………」
そんなとりとめのない会話を繋いでいると、リースの体が透けていく。元から儚げな美しさを持っていたが、今はそんな比喩表現ではなく、後ろの月光が透けてしまうくらいには存在が薄くなっていた。
「おっと、どうやら時間みたいだね」
リースは立ち上がると、窓辺まで移動し光一に体半分向き直る。
「今回はお疲れ様。凄かったよ、光一」
最後にそう言い残して、彼女は消えていった。
「…………叶わないなぁ」
今度こそ一人になった光一は、さらに赤くなった顔を深く布団をかぶって隠しながら、満足した顔で再度眠りにつくのであった。
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