第10話

 関田の拳を受けて、床にうつ伏せになっていた光一。ほんの数秒であったが、意識を失っていたようで、


(……ッ!!!!)


 意識を取り戻すと腹部に激痛が走った。自身操作を使って痛覚を麻痺させることで、再度痛みで切れそうになる意識を繋ぎとめる。腹部に埋まった弾丸は、その周りの筋肉を動かして排出させる。さらに、同じく傷周りの筋肉を収縮させて止血。

 そこまでしたところで、声が聞こえた。


「……俺の友達(ダチ)…………に何して……やがんだ」

(! アイツ、まだそんな力が)


 光一の魔力、気の量は本来そこまで多くはない。多少修行で伸びたとはいえ、ここまで何人もの襲撃者を相手取り、同じ神の従者である関田とも渡り合ったのだ。そこに、この傷の処置。既に彼の魔力は枯渇寸前。


『光一、今はキミの友人が闘っている。今なら逃げられるかもしれないよ』


 脳内にリースの声が響く。確かに、今最後の力を振り絞って出口に走れば逃げることは可能だろう。自身の配下である光一を確実に生かすのならば、その選択は最善と言える。だが、


『……それは、命令か?』

『…………』


 リースから返事はない。


『……言ったろ、俺は闘いたい。それに、』


 光一はだらりと垂れた両腕に力を込めていく。残り少ない魔力と気は止血と痛み止めに、そこまでして立ち上がらなくては、自身の心が折れる。そして、自身操作という力を授けてくれたリースに負けっぱなしという汚名を被せるわけにはいかない。

 半ば精神力だけの状態だが、自身操作はそれを四肢に伝えてくれる。


『アイツが闘っているのに、俺だけ寝ているわけにはいかないんだ』

『そうかい。なら、止めないよ』


 呆れたような、それでいてこの返答を予測していたような言葉を最後に、リースとの念話は切れた。残り少ない魔力を温存するための、彼女なりの優しさなのだろう。

 立ち上がった時には、天河にむけて関田が拳銃を向ける光景が飛び込んできた。


「俺を、忘れる…………なよ」


 荒い息を吐きながら、体を突き動かして拳銃の軌道を逸らす。


「お前、大丈夫なの……か」

「大丈夫なもんか。だが、あのまま寝てる方がもっと具合が悪くなりそうだったんでな」


 集中(コンストレイション)を発動しながら、光一は天河の横に並ぶ。互いの負傷は甚大、相手は超人的な筋力に拳銃を所持している。それでも、二人の闘士は全く衰えていない。


(こいつ……まだ力が上がるのか)


 隣で闘って分かった。天河の才能は、前に教室で見たようなものではなかった。あの莫大な魔力でさえ、それはただの漏れ出る余波に過ぎなかったのだ。しかし、この戦闘で関田の魔力に当てられたのか、自身の器の底にいた力を解放しつつある。


「クソッ! 死にぞこないがぁ!!」


 関田が吠える。二方向からの隙の無い接近戦(インファイト)、天河が攻めてそれに合わせるように集中(コンストレイション)状態の光一が迫る。光一に戦闘に回す魔力は殆ど残っていないが、


(魔力は…………これ以上は止血ができなくなる。だが、まだやりようはある)


 光一は自身操作で脳内のとある制限(リミッター)を外す。通常、人間は筋力の内その半分どころか五分の一も使えていないことが多い。それだけの力を常時使ってしまうと、体が持たないのだ。その制限(リミッター)が危機的状況で外れることこそが、いわゆる火事場の馬鹿力と呼ばれるものなのである。そして、光一は自身操作でその制限を意図的に外したのだ。

 これならば、魔力がほぼない今の状況でも、関田に有効打を与えられる。


「こっちが合わせる。お前は暴れろ」

「オッケー!」


 天河が左フックを放ち、それにカウンターで関田が右のストレートを打つ。戦闘慣れしている分、このあたりの駆け引きでは関田が有利だ。

 そこを補うのが光一の記憶復元(メモリーリペア)だ。関田の動作の起こりから行動を読むと、光一は関田の右腕をアッパーカットでカチ上げる。


「ぬぅっ!!?」


 体制を崩された関田のあばらに天河の左拳が刺さり、関田の顔が歪む。いくら素手格闘(ステゴロメイト)の魔力効率がよかろうとも、それを支える精神の方は確実に疲弊している。

 天河の拳が刺さり、僅かに関田の腹筋の力が緩んだ。集中(コンストレイション)状態での洞察力でそれを看過すると、光一は渾身の力を込めて 回し蹴りを関田の鳩尾に向けて打つ。


「ガッ……はっ!」


 その痛みから、関田は顔を苦痛に歪ませて前のめりになる。関田の身長は健司よりも高い。そんな彼に対して、これは全力の一撃を放る最大の好機。 


「「う、おぉぉぉぉぉぉ!!!!!」」


 光一の腕から、ミチミチと筋繊維が嫌な音を立てるのが聞こえてくる。火事場の馬鹿力の副作用だろう。だが、ここで力を緩める訳にはいかない。隣の天河も気合を込めた声と共に、彼を覆う魔力がさらに出力を増す。魔力視を使えば、膨大な魔力の柱が天河の腕に宿るのが見えただろう。

 二人の渾身といえる一撃が決きまり、ホールには肉を打ったとは思えない重い音が響く。


「が…………ふっ」


 関田の脳が揺さぶられ、黒目がぐるりと回る。今度こそ、その四肢に力を伝える意識が刈り取られ、関田は受け身も取れずに仰向けに倒れた。


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