第13話
「別に念話でも良かったのに」
「それでも良かったけど、ああでもしないと止めそうになかったからね」
帰宅後、食材を冷蔵庫に入れながら宗一郎との戦闘について話す。念話で五分経ったら教えてくれと頼んではいたが、まさか実際に出てくるとは思わなかったので、
「それに、ちょっと直接伝えたいことがあったからね」
「伝えたいこと?」
テレビのリモコンをいじるリースの方に、適当な茶を二人分カップに入れて持っていきながら聞き返す。
「色々うやむやになっていたけど、キミに仕事の手伝いを頼もうと思ってね」
「手伝い? ああ、従者としての仕事か」
自身操作を手に入れてからは、ただの能力者として振舞っていたようでもあるが、光一は本来リースの手伝いをする従者として生き返り、能力を得たのだ。関田の件は勝手に首を突っ込んだだけであり、本来はまた別の従者が対処する問題だったのだろう。
「それで、仕事ってのは何だ」
「受けてくれるの?」
「勿論」
リースからの頼みとならば、断わるという選択肢は光一の中に存在しない。手にした茶に口をつけ、その顔は既にどんな不可能でもこなして見せようと言っているかのような、薄い笑みを浮かべる。
「受けてくれるのなら話は早いね。ま、別に断られても構わなかったんだけど」
カップをテーブルに置き、リースは立ち上がる。そして、光一の目の前まで来ると人差し指で軽く胸に触れる。すると、
「それじゃ、異世界旅行にご案内~」
「えっ、ちょ」
突如、光一の足元に出現したのは黒い穴。奈落の底のように、深く光の差し込まないそれに飲み込まれ、谷中光一は
落ちていた時間はほんの数瞬のようでも、かなりの時間落ち続けていたかのようにも感じた。着地した場所はどこかの一室のようで、記憶を探っても来たことはない場所のはずなのだが、
(なんだ…………何故か、妙に安心感がある)
妙な既視感を光一は感じていた。辺りを見渡すと、乱雑に散らかったそこは誰かの部屋のようで服などを見れば中、高生あたりの部屋だろうか。ふと、学習机にあったノートが目に留まった。
「なん…………だと」
そこに記されていた名は、
「やあ、光一。どうやら無事に着いたみたいだね」
いつの間にか後ろにリースが立っていた。
「いつの間に……って顔してるね。さっきから居たけど、キミの驚き顔見てたら遅くなっちゃた」
からかうように笑うリースだったが。余裕のある彼女と違い、光一のほうは色々と頭がパンクしそうだ。
「さて、仕事の話をしようか。今回の依頼を簡単に言うと“主人公を倒せ”かな」
「主人公…………!」
主人公、その言葉を聞いた瞬間、冷や水をかけられたような衝撃と同時に思考に冷静さが戻る。
「光一の世界にもいただろう、その人を中心に世界中とまではいわなくても、仲間内や学校、町単位で中心となる人物がね」
その説明を聞いてある友人の顔が一瞬思い浮かんだが、光一はそれを口に出すことはせず、リースの説明に耳を傾ける。
「それでだ、この世界にも主人公という存在が居る。その主人公は、それこそ物語のように一度の敗北から這い上がり、最後にはライバルを倒し、世界を救うほどの強大な力をつけるまでに成長する」
「それに何か問題でも?」
「そのライバルとのイベントが起きない可能性があるみたいでね。だから光一には、一度二度大きなイベントで主人公を倒して貰いたいんだ。それが今回の依頼さ。この世界を作った神様といえど、年数がたつにつれて想定していた動きからはかけ離れてしまうものでね。キミの世界に例えると、ゲームのデバックみたいなものかな」
既に
「教えてくれ、リース。何故、ここに俺のノートがあるんだ」
「それは当たり前さ。だって、ここは
「な…………!?」
「正確には並行世界上のキミの部屋かな。転移させる都合上、ここが一番都合が良かったからね」
平行世界。例えば光一がリースに初めて会ったときに、道を教えず無視した未来もあるかもしてない。その場合は光一はここには居らず、襲撃者の一人に殺されていたかもしれないが。
このように無数の選択により無限に分岐世界があるという考え、これが平行世界といったものである。もっとも今の科学技術では平行世界の存在すら認知できないのだが。神様にそん人間第の常識は通用しないらしい。
「とりあえず話は分かった。でも、言葉とか大丈夫なのか」
この世界の言語は先ほどもたノートだけを見れば、日本語が通用しそうだが、実は共用語は英語ですなんて言われたら困る。一度首を縦に降った以上、最後には腹をくくるつもりとはいえ、不安な事は質問しておいたほうがいいだろう。
「あ、それなら大丈夫。フィオリアの件で臨時に
“そろそろ時間だから行くね”と言って、消えていくリース曰く、言語面の心配はいらないそうだ。完全翻訳がどのような能力か試したことはないが、字面から想像はつく。それに、リースが大丈夫と言うのだ。それだけで、光一が不安にかられることはない。
「そうだ、最後にその主人公の名前を言っていなかったね。
やっぱりな。そう心の中で呟きながら、同時に光一の心臓は期待か不安か、それとも他の何かか分からない感情で高ぶるのであった。
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