第32話

光一が安室と出会う少し前、Dクラスのトップである東堂花梨とうどうかりんはEクラスの部隊と共にいた。といっても、戦闘をしていたわけではない。

 東堂たちがFクラスの部隊を一つ潰した後、彼女らはEクラスの部隊と出会ったのだが、Eクラスの方はかなり数が多い。数個の部隊に分裂したD,Fクラスとは違いEクラスは大きな部隊二つに分けており、東堂の部隊が五人に対して相手は三倍はいる。


「おやおや、これはこれはDクラスのトップじゃありませんか」

「なんの用かな、Eクラスのトップさん?」


 東堂の口調は警戒を滲ませたものであり、後ろに構えるクラスメイトにも目線で警戒するように伝える。一人一人の能力で勝っていようとも、この人数差では押し切られてしまうのがオチだ。逃げるとしても、誰かを殿しんがりにして逃げるかバラバラに逃げてかく乱すかの判断をしなければならない。


「ああ、そんなに警戒しなくていいですよ。今は休戦の申し出をしようかと思ったんですよ」

「休戦?」


 撤退の指示を出そうと、半歩下げた足が止まった。


「確かに今戦えばそちらを殲滅することは可能でしょうが、それだと双方被害が大きくなる。そのタイミングでFクラスに漁夫の利を取られたくはないんでね。ここはまずFクラスを潰してから勝負をつけませんか? その方が双方全力で戦えるでしょう」


 魅力的な提案であった。この合同アルマ演習は手に入れられるAPも普段の授業よりもかなり多い、来るべきクラス対抗戦に向けて、パーツ強化に使えるAPは喉から手が出る程欲しい代物である。

 まるで、正々堂々闘うために部隊を整えようと綺麗ごとを言っているようにも感じ、なにやら怪しい気もするが、


(何を考えているかは分からないけど……受けないって選択肢はなさそうだね)


 自分の部隊を守る、Fクラスを潰す。この二つを同時に果たせるのならこの提案は受けない訳はない。


「分かったよ、まずはFクラスを倒す。それまではお互い手を出さないよ」

「物分かりが良くて助かります」


 東堂から承諾の言葉を聞いて、Eクラス主席、観撮計みさつけいは笑って後ろのクラスメイト達に武器を降ろさせた。今までは、こうして“承諾しなければ、今すぐにでも戦うぞ”と脅していたのだ。


(端末が? メッセージは……こ、これは!)


 休戦の申し出を受け、一息ついた東堂の襟章にメッセージが届いた。この合同アルマ演習では、各クラス三人までメッセージのやりとりが許可されている。差出人は佐々木から、その内容は、


(部隊が壊滅寸前だと……!)


 まさかのものであった。佐々木がいた部隊は、クラス二位の実力を持ち単純な攻撃性能であれば東堂をも上回る安室がいたはずだ。なのに、そこが壊滅寸前であり安室が殿しんがりとなっているなど、簡単には想像できなかった。


「Eクラスのもう一つの部隊は何をしている」

「いきなりそんなこと聞いてどうしました? 今ならFクラスの部隊と交戦中みたいですが、そろそろ終わりそうですね」


 Eクラスのもう一つの部隊に数で押されているのかと思ったが、観見の言う事を信じるならそれは違うようだ。彼もメッセージを見ていたようだが、それはDクラスとの休戦が結ばれたことに対するもので、安室に関しては知りもしていない。


「どこに行くんです」

「乙女に行き場所を聞くのはモテないよ。メッセージ役のいない部隊もあるんでね、ちょっと探して連絡してくるよ」

「そうですか」


 多少強引ながら東堂はこの場を離脱すると、安室の下に走る。

 途中で佐々木とも合流し、詳しい事情を聞いていながらも半信半疑であったが、


「麗はうちの特攻隊長なんでね。今リタイヤされるのは困るのよ」

(まさか、本当に右腕だけしかアルマを纏っていないみたいとはね)


 間一髪で安室の窮地に間に合い、報告が真実であることを思い知った。


「アンタの能力は厄介そうだ」


 能力顕現者エクスプレスナーである藤堂を見ても眉一つ動かさない、その男の纏う雰囲気はまさに異質。東堂を厄介だと判断すると、すぐさま狙いを変更し彼女に接近し拳を振りかぶる。


堅牢なる壁ハードラバー そんな単純な攻撃、効かないよ」

(固いな)


 並みの相手なら一撃で昏倒する光一の拳。だが、それは再度半透明の壁に阻まれてしまう。これこそがDクラス代表である東堂花梨の能力、堅牢なる壁ハードラバー。自身を中心とする半径数メートルの任意の位置に壁を出現させることができる。

 確かに攻撃性能という面ではクラス主席の東堂より安室の方が上だろう。だが、それでも東堂がクラスをまとめていられるのはこの圧倒的な防御力に裏打ちされた実力にある。


「防御もいいが、守ってばかりじゃ勝てないぞ」


 光一は攻めの手を休めない。蹴りに肘、膝と打撃を繰り返すも全て東堂の壁に阻まれてしまう。一撃当たれば致命傷の東堂、このままではいつか集中力が切れて崩れる。しかし、そんな状況でありながら東堂は笑っていた。


「私だけならそうかもね。でも……」

「私の事も忘れてくれるなよ!」


 光一の膝が、落ちた。東堂が引き付けていた隙に安室が背中から一太刀を浴びせたのだ。今まで当たる気がしなかった相手に、ようやくまともなダメージが入った。それは安室にとって微かな希望を抱くには十分な手ごたえであり、


「もう少しばかり本気だすか」


 神の従者のやる気に火をつける一撃でもあった。



 




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