第31話

 パキリと枯れ枝が断続的に踏まれて折れる音。その音から察するに、数は四、五人程度だろう。 

 とりあえず木の上でしゃがみ身を隠した光一は、顔だけを音のする方に向けて覗き込む。



「いやー見つからなくて暇だー」

「Fクラスのやつら、こっちには来てないみたいですね」


 Dクラスの男二人が退屈そうにぼやくのを聞いて、先頭を歩いていた女生徒が立ち止まる。腰に挿した刀が目を引く彼女は、長いポニーテールをたなびかせながら振り返ると、刀を抜いて木の上を指す。


「そこにいるのは誰だ!」

「え? 麗さん何を言って」


 残りのメンバーが指示(さししめ)された方向を向いた。しかし、そこには人影はなく他のメンバーは首を傾げる。


「おいおい、誰もいねーじゃねぇか」

「気ィ抜いてたのは悪いけどよ、こんなことしなくても働きますっての」


 後方で退屈そうな声を上げていた男子生徒の気を引き締める為に、この女生徒が危機感を煽ったのだろうと察した他のメンバーはこの隊のリーダーであり、刀を持った少女。安室麗(あづちれい)に軽く謝るように手を上げて返事をした。


「違う! もうヤツは!」

「……地上にいる。かい?」

「「「「!!」」」」


 聞き慣れない声、驚いて振り向くとそこに居たのはアルマを右腕にだけ纏った男だった。その声を聞いてDクラスのメンバーは反射的に戦闘態勢を取ったが、


「なんだ、急に出てきたからどんな奴かと思ったらFクラスが一人だけかよ」

「右腕しかアルマもつけてないみたいだし、Fクラスでもハブられたみてぇだな」


 光一の装備を見ると気が緩んだように吹き出した。“隊長、こんなやつ警戒する必要もありませんよ”と言いながら男子生徒が安室に顔を向けると同時に、彼の体が宙を舞った。


「「「え?」」」


「早いとこ回復剤打ってリタイヤした方がいいぞ。これ以上怪我はしたくないだろ」


 男子生徒は一撃で昏倒し、光一はさらに近くにいた男子生徒に迫る。

 左アッパーで体を浮かせ、無防備な腹に右足での蹴り。それだけで近くの木まで吹き飛ばされて二人目が戦闘不能になる。


(ふむ、このくらの相手なら四割程度の同調(シンクロ)率で十分だな)


 今の一連の流れから光一がトレーニングアルマの威力を確認していると、安室が刀を振りかぶって襲い掛かる。それを右腕のアルマで受け、反撃の蹴りを繰り出したのだが後ろに宙返りしながら避けられしまった。


(少しはマシな奴もいるみたいだな)

「佐々木! 早く本部隊に連絡を! こいつは私が引き受ける」


 安室に急かされた女生徒は、弾かれたように来た道を引き返していく。これでこの場に残ったのは安室と光一の二人、彼女は刀を正面に構え、後ろの佐々木に所には行かせないとばかり光一を睨む。


(こいつ、堂本と座間の二人を一瞬で……出し惜しみできる相手じゃなさそうだ)

「一騎当千!!」


 安室がそう叫ぶと同時に、彼女の纏う圧力が増した。光一への一太刀も先ほどより鋭く風を切る音が聞こえる程である。


「能力顕現者(エクスプレスナー)か、Dクラスでも上位だろアンタ」

「それがどうしたぁ!!」


 しかし、それでも光一は涼しい顔をして安室の連撃を避ける。光一と安室の同調(シンクロ)率の差は歴然であり、多少身体能力が増したところでその差は埋まらない。


「いや、これならDクラスは大したことないと思ってな」

「!」


 確かに安室麗はDクラス内で次席の実力を持つ生徒である。普通ならFクラスの生徒が適(かな)う相手ではない。だが、今回はばかりは相手が悪い。D

 これまでは自身の実力を確かめるように、回避や防御に専念していたがもうすでに欲しい経験は手に入った。光一は同調(シンクロ)率をさらに上げ一足に距離を詰める。刀での防御は間に合わない。ただの蹴りですら昏倒しかねない威力を持つ光一のアルマによる一撃。その衝撃に備えて、安室が思わず目を閉じたその時、


「誰だ?」

「麗はうちの特攻隊長なんでね。今リタイヤされるのは困るのよ」

 

 光一の手に帰ってきたのは人体を殴ったものとは明らかに違う固い衝撃。拳の先を見ると安室の体と拳の間に半透明に淡く光る壁が彼女を守っていたのだ。


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