第33話

 光一の今の同調シンクロ率は右腕、トレーニングアルマ共に四割程度。これだけで並のDクラスなど歯牙にもかけないだけの出力は発揮できる。とはいえ、防御面では同調シンクロ率の割に不安があり、現に切られた背中は内出血は免れないだろう。


「麗、いけそう?」

「あ、ああ。助かった、花梨。二人ならあいつに勝てるかもしれん!」


 互いを鼓舞するように語気を強めた安室であったが、その心境は良いものとはいえなかった。東堂の加勢によって、今このフィールド上で最も成績の良い二人が揃った。それなのに、



(少し、本気を出すだと……まさか、あいつとでも言うのかっ!?)


 光一の呟くような一言が頭に残って仕方がない。今までの光一ですら一対一では完全に競り負け、東堂のサポートがあってようやく一太刀を浴びせられた。ここまでの手ごたえから察するに、目の前の男の実力はCクラスでも上位。

 それがまだ実力の半分も出していないというのなら、CクラスどころかB、下手したらAクラスにも届きうる。何故Fクラスにこんな男がいるのかは皆目見当もつかないが、その事実を想像してしまうとほんの僅かに足がすくんだ。


「そこだ」

「クッ!?」


 その僅かな隙を光一は逃さない。彼は大きく同調シンクロ率を上げたわけではないが、動きの鋭さが飛躍的に増している。過剰集中オーバーコンストレイション、人の限界を超えた集中力は相手の一挙手一投足を逃さない。

 辛うじて防いだ刀にヒビが入り、体が後ろに流れる。追撃の拳は寸前で東堂が堅牢な壁ハードラバーで防ぎ、後ろから右腕のハイキャノンで光一を狙う。


「嘘っ!?」


 完全に後ろを取ったつもりだったが、光一は安室の刀に反射した鏡像から振り向かずにその砲弾をキャッチして防ぐ。


「アンタのスキルは確かに固い。けど……弱点、見つけたぞ」

「がっ! はっ……」


 光一が繰り出した後ろ蹴りが東堂の腹に突き刺さる。空いていた左手を挟み込むことで一撃での昏倒は避けたが、彼女の体は衝撃で簡単に浮かび上がる。浮遊感を感じた彼女が見たのは、右手で先ほどの砲弾を投げようと構える光一の姿。


(ヤバい!)


 能力の発動が間に合ったのは奇跡とも言える。気づいてから最速で出した堅牢な壁ハードラバーと投擲された砲弾が凄まじい音を立てる。直撃していれば間違いなくやられていたであろう一撃。それを防いだ安心感から一瞬、視線を光一から外してしまった。それは致命的な隙。特に谷中光一という神の従者を相手取るのであれば。


 次に東堂が光一を捉えたのは、未だ宙に浮く自分に人の影が落ちたから。それは驚異的な脚力で堅牢な壁ハードラバーを飛び越えて、東堂に向けて必殺の右拳を構えていた。


(ああ、ダメだなこれは。防げないや)


 堅牢な壁ハードラバーの弱点、それは一枚しか出せないというもの。間髪入れずに必殺の一撃を複数の角度から連発する。それだけで堅牢な壁ハードラバーは崩れるのだ。こうなっては、東堂が祈るのは自分がやられている隙に安室と佐々木の二人には逃げてもらいたいと願うことしかできない。

 そう願い、来るべき衝撃に備えて目を閉じようとした東堂であったが、


「花梨!!」


 その声に思わず目を開いた。

 光一が拳を振り切ようとする最中に、横から安室が切り込んだのだ。その一太刀は大きなダメージを与えるものではなかったが、光一の体を吹き飛ばして東堂に当たる筈の拳はあらぬ方向にへと振り切られた。


「すまない、花梨。少しばかり萎縮していた。だが、もう私は迷わん!!」

「麗……」


 不意を突いたとはいえ、光一を吹き飛ばすほどの威力。その威力に耐えられずに安室の刀はヒビをその刀身に広げて砕け散る。だが、それでも安室は東堂の横に立ち覚悟を決めた顔で光一を睨めつけたのであった。


「そうだね。一緒に戦おう、麗」

「もちろんだ、花梨。共にあいつを倒そうじゃないか」


 二人が覚悟を決めると同時に、光一はその場から一歩目を踏み出す。一歩といっても今の脚力では一歩で数メートル移動し、その速度は二人のトップスピードを簡単に追い越す。


((ついていくのも厳しい……それでも、この相手にもう一撃くらい!))


 玉砕覚悟の一撃を当てようと、二人が攻撃の構えをしたその瞬間。


「「え!?」」


 二人の目に映ったのは、光一の後ろから迫る無数の砲弾。一瞬、Dクラスの援軍かとも思ったが違う、砲弾は光一の後方から放たれており、東堂と安室の二人にも狙いは付いている。今の状況でそんな量の砲弾を食らえば昏倒は免れない。

 一体、誰がこんな事をしたのか。Dクラスでもなければ、恐らくFクラスでもない。しかし、そんな事を考えたところで砲弾を受けるにしろ光一の一撃を受けるにしろ数瞬後にはやられるのは違いない。そのつもりでいたのだが、攻撃の当たる寸前で光一は反転し迫る砲弾から東堂と安室を守ったのだ。そんな事をすれば無防備な背中に二人の攻撃が直撃し、決して軽くないダメージが入った筈なのだが、


「漁夫の利狙いか? さっきから大人しく見てるならもう少し生かしておこうと思ったんだがな」


 光一はそんなこと気にもせず、片手に三つづつ掴んだ砲弾を投げ返しながら話す。すると、


「狙える時には最大のリターンを取るものでしょう? この撃墜戦は」


 どさりと盾にされたEクラスの生徒を乗り越えて、Eクラス主席である観撮計が現れたのであった。 


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