第49話

「手伝うか?」

「いらねぇ」


 斉藤の短い返事を聞いて、光一はその場から数歩引いて静観の姿勢を取った。


「ちょ、ちょっと! 斉藤を見捨てる気!?」


 光一の態度に異を唱えるように、山崎が詰め寄った。光一と谷貝の差については、ハッキリと示されたようなものであり、三体一で闘えば間違いなく勝てるだろう。むしろ、光一が入らなければ押し切られてしまう可能性の方が高い。

 それなのに、光一が闘うことを放棄するというのは、山崎と斎藤を見捨てるようなものではないか。そう、彼女が考えるのも無理はないだろう。


「いや、いいんだ。こっからは俺一人にやらせてくれ」

「ええっ!?」


 それなのに、斉藤は不満の一つも漏らさずに。それどころか、それを望んでいたかのように笑うと、谷貝に拳を向けた。


「さ、こっからは一対一だぜ。二対一なんて卑怯な真似してすまねぇな」

「本物の馬鹿、ってやつを俺は今初めて見たぜ」

「Fクラスだからな」


 言葉を交わしたのはそこまで、山崎の制止も聞かずに斉藤と谷貝は激突した。




(チッ、正直計画は狂ったが、谷中の野郎があそこまで強いのは上手く使えばプラスになる。あいつと手を組めば、想定より上のクラスにも食い込めるかもしれねぇ)


 谷貝からすれば、山崎のアシストを受けてそこそこの結果をクラス対抗戦で残す。という目標であったが、光一の圧倒的な力はCクラス程度はあるはず。Fクラス二人で上位クラスに匹敵する戦績を残せば、来年どころか後学期からの生活も安泰になるかもしれない。

 そのためには、目の間の斉藤をとっとと片づけてしまおうと、重火器贋作バレットフェイクを使い弾幕を張る。Fクラスにしては、近接の格闘術は認めるがまともに使える能力スキルを持たない時点で、代表にはふさわしくない。


「がっ!?」

「すまねぇな、最近使えるようになったばかりで不安定なんでな」


 谷貝が張った弾幕をかき消すように、光の弾が直進し直撃する寸前で弾けた。谷貝からすれば、なんとか防御が間にあったが、ガードした左手が熱を持っている。

 斉藤に遠距離を攻撃する手段はない。そのはずだったが、何か遠距離攻撃をできるようなアルマを購入していたのだろうか。


(いや、それはあり得ない。それなら、俺の能力スキルが反応するはずだが……つまり)


 光弾のガードで視界を塞がれた谷貝が、一度落ち着こうとつい後ろに引こうとした。ただ、目の前の斉藤以外の事を考えていた分、反応が遅れた。弾幕をかき消した煙と光弾の爆発に紛れて、斉藤の接近を許してしまう。ここしばらく、神の従者である谷中光一と軍では天才謳われた笹山と特訓を休みなしで繰り返していた斉藤が一番得意な間合いに。


「ぐっ、がぁ……」

「やっと……一発、まともに入ったな」


 斉藤の右拳が斉藤の鳩尾に直撃し、呼吸が制限された谷貝にさらに連撃を畳み込む斉藤。並の相手ならここで気絶していてもおかしくないが、


「俺……は、もう負けたくねぇんだよ!!!」

「くっ! まだこんな気力が残ってるのか!」


 谷貝が叫ぶと同時に、右手を強大な砲門に変化させ発砲する。まともに狙いがつけられるわけもないが、なまじ強大なだけに斉藤は避けざるを得なかった。その上、強烈な反動を踏ん張らないことで無理やり距離をとったのである。

 

(どうやら、アイツも何か能力スキルに目覚めていたようだな。恐らく両手から気弾を出すようなタイプの能力スキル。それなら、必要なのは弾幕ではなくこの距離を取り続けること)


 谷貝の推測は当たっていた。斉藤がギリギリで発言したのは気弾砲弾シュートフォースと呼ばれるもので、未解明のことが多いと呼ばれるものを発射するものである。威力、取り回しの両方に優れるが、仕様の度に体力を消耗するという点が知られている。

 つまり、谷貝からすればひたすらに牽制を繰り返し斉藤の体力が切れてから止めを刺しにいけばいいだけのこと。


(万が一、接近されたことのことも考えてはおくが、今はこの距離を保つのが最優先だ) 


 斉藤は円を書くように動きながら、なんとか隙を突こうと気弾を放って牽制を繰り返すが、谷貝もその程度はお見通しと言わんばかりに砲弾で相殺していく。


「凄い……斎藤のやつ、こんなに強かったなんて」

「あんだけ特訓したらな」

 

 谷貝と斎藤の闘いを傍観していた山崎が、驚きからそう呟くと、光一は当然だと言わんばかりの口調で話しかけてきた。


「斎藤のやつがあんなに能力スキルを使いこなせるなんて知らなかった。でも、それならなんでさっきは使わなかったのかしら?」

「あいつの能力スキルは一昨日発現したばかりだからなぁ。調子が良くないと、まだまだ自由に使えないってことだとよ」


 斉藤の能力スキルが発現に至ったのは、ほんの少し前のこと。自身操作を持つ光一は、能力スキルの使用時に気や魔力といったこの世界の科学力でも完全に解明されていないものが反応していることを知っている。

 そこで、光一は斉藤に僅かながらの魔力と気を注入することで、無理矢理に能力スキル発言のきっかけを作ったのである。


 ちなみにだが、これはあくまで斉藤に気を使った能力スキルの才能があったというだけであり、大半の人に同じことをやったところで、きっかけにもならないことが大半である。


(残りった体力はそんなにねぇ……だから、ここで出し切る!!)


 谷貝の能力スキルは長年使っていただけに淀みはない。だからこそ、斉藤が谷貝の隙を突くためには油断を誘うしかない。谷貝が慢心しているわけではないが、


「ッ!?」

「入った!」


 斎藤にもまだ見せていない技がある。急激に谷貝に接近を仕掛ける瞬間に、左腕から気弾を放出することで推進剤代わりにすることで、谷貝の想像以上の速度で懐に入ることを可能にしたのだ。

 

(まだだ! 一撃ぐらいなら耐えられる。ここでコイツを倒す。それだけを考えろ!)

「確かにテメェは強い、認めてやるぜ。だけど! 勝つのは俺だぁぁぁぁ!!!!」


 谷貝が吠えた。体の内側からミシリと音が立つの無視して、能力スキルの出力を上げていく。長い間、他者を見下し圧倒的な力の差には目を背けていた谷貝が、一つの壁を超えようとしていた。

 

「そ、そんな……」

(不味いな)


「トリプルバースト 二丁同時開門!!」


 通常複数人で使用する筈の切り札を同時に二つ、その光景に思わず山崎の口から絶望の声が漏れ、光一が動き出すも間に合うタイミングではない。

 斉藤の近接戦闘のスキルは上がっているが、あくまでそれは技術的なものであり火力に関してはそれほど上がっていない。一度斉藤の拳を食らっている谷貝は、万が一懐に入られた場合に備えて、一撃を貰う代わりに確実に相手を倒す覚悟を決めていたのだ。


(確かに俺の拳だけじゃ足りねぇな。だけど、これならどうだ!)


 一瞬、眩い光とともに爆発音が鳴り響く。あたりに舞った土煙で周りが隠れ、それが晴れると、


「やっぱり強かったぜ、お前」


 腕のパーツを殆ど破損させながらも、拳を突き上げた斉藤が立っていたのであった。

 




 

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