第17話

ある男が森の中を歩いていた、その男は左腕のパーツを欠損していたが。その顔に不安はない。ゆったりと進み、木の影に身を潜め後方から感じる僅かな気配と、そこに近づくがさがさと落ち葉を踏む音に意識を集中させる。

 男は右拳を握りしめ、足音が自身の隠れる木の近くに来たその時、全力の拳を叩き込もうとする。が。


「り、凛!」

「え。と、智也!」


 拳を叩き込もうとしたその時、男は拳を止めて二人は顔を見合わせる。

 この男の名は天川智也(あまかわともや)、このアルマトゥーラ学園に受かるためにやって来た受験者の一人である。そしてもう一人の女の名は国崎凛(くにざきりん)。天河の幼馴染みで、天河と同じく受験者の一人である。


「まさかこんな広いところで会えるなんてな」

「そうね、ここで会ったのもなにかの縁だし、協力しない?」

「乗った、凛なら安心できるぜ。会えて良かったよ」

「っ! ……褒めても何も出ないわよ」


 少しばかり緩んだ顔を隠すように先へ行く国崎と、後を追う天川。このルールでは協力することは禁じられていない。しかし、三人撃破時点でゲームから降ろされてしまうので、途中で片方は一人で闘うことになってしまう。

 さらに、他の相手と戦闘中に裏切られてしまえば、状況は一気に不利になってしまう。そんな状況ではいくら知り合いとはいえ疑心暗鬼になるのが普通だが、一切の不信感を抱かず幼馴染を信頼することができるのが天川という男なのだ。



「せいっ!」

「おりゃ!」


 急造コンビとはいえ、幼い頃から付き合いのある二人。あっさりと撃墜数を稼いでいき、お互いあと一人倒せば試験クリアというところまできた。


「腕は衰えていないみたいね」

「凛こそ、昔より国崎流のキレが良くなってるじゃないか」

「当然、アンタもサボってはいなかったようね」


 互いに損傷はほぼ無し、何かイレギュラーがなければ順当に試験はクリアできる。


「凛」

「……分かってる」


 先行していた天川が国崎を制止する。彼女も分かっているようで、余裕があった顔から、真剣な面持ちとなり構えをとる。

 国崎流という、武術の心得がある二人だからこそ分かる。


「へえ、普通に突っ込んでくると思ったら、ちゃんと気配を読むくらいはできるんだ。少しは楽しめそうだね」


 目の前からゆっくりと歩いてきた一人の少年。彼は、間違いなく強者であるということが。



 少年が一歩踏み出すだけで地面が凹み、驚異的な脚力で国崎に迫る。今までの相手とはまるで違う動き、その速さに一瞬反応が遅れた。


「かはっ!」

「凛!」


 少年が国崎の首を掴んで、後方の木に乱雑に叩きつける。同じアルマとは思えない出力差。辛うじて撃墜はされていないが、国崎の頭装備が消滅してしまう。

 天川が国崎が立て直す時間を稼ごうと、拳を大きく振りかぶる。大振りになってでも、注意をこちらに向けて国崎への追撃を防ごうという一撃であった。が、


「へぇ、結構やるじゃん」

「な……に」


 その一撃は、ごく普通に受け止められた。避けられる前提の一撃だというのに、。それだけで、この少年と自分の室力差は絶望的なのは明らかだった。


(それが、どうしたぁ!!!)

「!」


 しかし、そんな絶望程度で消えるような心を天川智也は持ち合わせていない。受け止められた拳が外せないと判断すると、それを支点に少年を引き寄せながらの前蹴り。

 まさかこれだけの実力差を目の当たりにしながら、絶望に顔が歪まないのに気を取られた少年は、まともにその前蹴りを食らって吹き飛ぶ。


「凜、大丈夫か!」

「なんとかね…………でも、どうするのよ。逃げ切れるとも思わないけど」


 戦闘センスがある国崎は分かってしまう。あの少年は強い、それも受験生全体を見ても一番と言える程には強いということが。


「凜は逃げろ、ここは俺が引き受ける」

「な、何馬鹿なこと言ってるのよ!」


 なんのためらいもなく自分を犠牲にする天川に、国崎は思わず声を荒げる。だが、天川は冷静に答える。


「凜は上位クラスに入るんだろ、だったらこんなところでやられる訳にはいないだろ」

「でも…………」

「なーに、心配するなよ。それに、もしかしたらあいつ倒しちまうかもしれないぜ、そしたら先にクリアして待ってるからよ、凜も早くこいよ」

「…………っ」


 国崎を心配させないように笑う天川と、思いを必死にこらえる表情を浮かべる国崎。だが、躊躇したのは一瞬、二人は背中合わせに走り出す。


(ごめん、智也)


 正確に言うと、この時点で二人の合格はほぼ確定している。この入学試験は、筆記と二次試験での戦闘内容とアルマの装着(インスタリアム)の三つの評価基準があり、二人は既に合格最低ラインは超えているのだ。

 だが、ただ合格するだけでは駄目なのだ。この学園では、入学試験での成績で入学時点でのクラス分けも決定する。そのクラス分けは完全実力主義、その内上位クラスと呼ばれるA,B,Cのどれかに入らなければいけない理由が国崎にはあった。


(私は、おじいちゃんの道場を潰すわけにはいかないの)


 国崎の家は国崎流という古流武術の道場を営んでいる。天川もその門下生の一人だ。だが、今その道場は経営の危機に瀕している。経営援助をしてくれるところは見つかったのだが、その条件はこの学園の上位クラスに入ること。

 アルマと国崎流の武術の相性がいいことを、次世代当主となる国崎が示せということらしい。だからこそ、彼女はギリギリ合格するような成績でこの試験を終える訳にはいかないのだ。


(でも…………)


 ひとしきり走ったところで国崎の足が止まった。確かに、彼女にはこんなところで脱落してもいい理由はない。だが、


「アイツを犠牲にしてまで勝ちたくはない!」


 大切な人を見捨てない理由なら十分に持っている。


 彼女は走り出す。逃亡していたときよりも速く、来た道を戻っていく。まるで、さきほどの選択を償うかのように。



 





「あれ? 戻ってきてたんだ」

「…………凛、逃げ…………ろ」


 だが、そんな彼女の目の前に広がっていたのは、無数の刃が痛々しく刺さる天川の姿であった。


 

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