第40話

「あーあ、あの右腕の人もいないし暇だなー。他の人達もバラバラに動いてて暇だし、せめてさっきの二人と会えればちょっとは退屈が紛れそうなんだけど」


 また一人、襲い掛かってきたCクラスの生徒を軽く倒した一ノ瀬はため息をつきながら歩いていた。

 演習が始まってから、当初は一ノ瀬がリーダーシップを発揮することをAクラスの生徒たちは望んでいたのだが、


「じゃ、僕は適当にその辺り歩きながら面白そうな人探してくるから」

「ちょ、ちょっと待ってくれよ。せめてこれからの動きとか少しは話し合おうぜ」

「えー、めんどくさいな。そいうのは鳳上さんあたりに聞いてよ。それに、キミ達だってAクラスでしょ、余程じゃなければ勝てるから大丈夫だって」


 それだけ言い残して、一ノ瀬は早々に単独行動を開始したのであった。しかし、現実は彼の思惑と違い自身を高ぶらせてくれるような相手と闘えてはいなかった。

 そもそも今日は自分をあれほど高ぶらせた男、光一と闘う気でいたのだ。それと比べてしまっては殆どの相手は見劣りしてしまう。もう一人、目を付けていた存在である天川とも運悪く出会えていない。


(気配……これはやる気みたいだね)


 枝を踏み鳴らす音が前方から聞こえた。こちらから相手の全体像は見えていないが、一瞬立ち止まってまたこちらに歩いてくるところからAクラス主席の肩書に尻尾をまくような相手でないことは確かだ。


「出てきたらどうだい? もう気づいているから不意打ちは無駄だと思うけど」

「さっすが主席、もう気づいてるなんてな」


 一ノ瀬の指摘を聞いて草陰から出てきたのは、Bクラス主席である萩野啓太であった。一ノ瀬とは合同授業で数回面識があり、もちろん直接対決の経験もある。


「それで? 主席自ら大将を討ち取りにきたのかな」

「んなわけないだろ、勝てない勝負をするような奴じゃないんでね。俺は」


 結界としては一ノ瀬の完勝であった。授業での対決ということもあって、お互い能力スキルを使用しない組手であったが、それでも早々にひっくり返りようがないような戦力差が二人にはあると思われていた。

 一ノ瀬は萩野が出てきたのは、直接対決で大敗したことで落ちたクラス内での信用を取り戻そうとリベンジに来たのかと考えていたが、萩野の表情を見るにそれも違うようである。


「こっちとしてはクラス対抗戦前に手札見せるのも馬鹿らしくてな。この演習も適当に流したかったんだが、コイツがどうしてもアンタと闘いたいらしくてね」


 そう言って、萩野が一歩下がりながら指を鳴らすと同時に一ノ瀬の後から誰かが襲い掛かってきた。


「チッ、不意打ちの割には浅かった」

「それじゃ、頑張れよ大狼」


 まるで狼のように全身が毛に覆われた男子生徒、一ノ瀬の頭に人狼の二文字が浮かんだと同時に更なる追撃が飛んでくる。

 

(動きが速いな……けどこのくらいなら)


 不意打ちからの連撃を食らってしまったが、一ノ瀬からすれば追えなくもない速度、落ち着いて鋭利な刃シャープエッジで生成した剣を手に連撃を受ける。


「まだ名前を言ってなかったな。俺の名前は木﨑大狼きざきたいろう、覚えとけ!」

「ふーん、木﨑君ね」


 自身を鼓舞するように叫びながら突進する木﨑。一ノ瀬が生成した剣よりも近い間合いでの超近接戦。

 木﨑の獣のような膂力と速さ任せの連撃を窮屈そうに一本の剣で受ける一ノ瀬。やや押され気味に下がる一ノ瀬が大きくバックステップし、それを追いかけようとする木﨑だったが、


「あぶね!」

「へぇ、これ避けるんだ」


 一ノ瀬のバックステップに一拍おいて彼の眼前に刃の壁が地面から隆起した。野生の勘でギリギリで刃への激突を免れた木﨑であったが、攻撃手段が近接に限られている彼にとってこの距離は致命的である。


「じゃあこれはどう対処するかな? おおかみ君」

「俺の名前は大狼だ!」


 一ノ瀬が軽く手を空中に構えると、突如として空間から数十の剣、刀、槍といった刃が出現し、その全てが木﨑に向けて射出された。一つ一つであれば避けることも、叩き落すことも容易いが、これだけの数となるとそうはいかない。大量の刃が自身の体を掠めるのを感じ、出し惜しみをしている余裕はないと判断した木﨑は同調シンクロ率を限界まで引き上げる。


「こうなりゃ全力だ! 野生の咆哮ワイルドシャウト!!」

「!」


 出力を最大まで上げた能力スキルの咆哮は、大気を震わせ迫りくる刃の雨を吹き飛ばして道を開く。先ほどの攻防から近接戦はこちらの有利、ここまで同調シンクロ率を上げた今なら簡単に距離を取らせることはない。

 

(いける! 俺の拳は学年主席に届くんだ!)


 流れを取り戻すはずであった刃の雨をあっさりと返されたショックか、無防備に立ち止まる一ノ瀬の眼前に接近し木﨑は全力の拳を繰り出す。まともに当たれば一ノ瀬といえど涼しい顔をしてはいられない一撃。そのはずであった。


「ぐあっっ!!?」

「大狼!」


「そこそこ楽しかったよ。龍鱗の鎧ドラゴンスケイルまで出すことになるなんてね」


 しかし、木﨑の手に返ってきたのは鋭い刃物で切り裂かれたような痛み。見ると、一ノ瀬の全身は刃で形作られた鎧に守られており、それはまるで龍の鱗のようであった。


「でもそろそろ終わりにするとしよう」


 距離を取れば遠距離になぶられ、近距離は鎧に防がれる。攻撃手段を失ったも同然の木崎がリタイアにと追い込まれるのにそう時間はかからなかった。

 




 

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