第19話

 一ノ瀬はバックステップで光一から距離を取ると、鋭利な刃シャープエッジを使って数本の刃を射出。


(久崎流 水昇り)


 光一は直進を止めることなく、迫る刃をいなし、掴み、時には掴んだ刃を他の刃に投擲することで逸らしていく。元々は迫る水のような猛攻から、足を止めることなく相手に近づく為の技。


「あの技は…………!?」

「今のうちに逃げるわよ! 早く」

「お、おう」


 その技を見て、何かに気づいた天川だったが、それを深く考える時間はない。既に逃走の準備を整えていた国崎に連れられて二人は森の奥の方へと逃げていく。

 一ノ瀬としては二人を追いたいと思っているのだが、二人の方に意識を向けた瞬間、


「!」

「よそ見とは余裕だな」


 その一瞬の隙をつかれ、光一の左フックが顔面に直撃した。


「……へぇ、結構強いじゃないか。ま、キミでもいいかな。少しくらい楽しめそうだ」

「舌噛むぞ」


 天川と国崎の姿は完全に森に隠たのを見ると、一ノ瀬は追う事を諦めたようで、追撃のアッパーを避けて光一の方に向き直る。今の攻防で多少はダメージがあるようだが、一ノ瀬の頭部アルマに小さな傷が付いた程度。

 それに対して、一ノ瀬の一撃一撃は重く、まともに受ければ数撃でアルマは破壊されてしまう。左手でガードしたとしても、ダメージは右手のアルマがある程度肩代わりをしてしまい破壊されてしまうだろう。となれば、有効な手段は一つ。


「!? どういうつもりだい?」

「こっちの方が慣れてるだけだ、気にするな」


 一ノ瀬の表情が、これまでで一番の動揺を見せる。それもそのはず、目の前の光一が右手のアルマを意図的に解除したのだから。アルマを纏ってさえいれば、身体能力の強化に防御壁の展開などの恩恵があるのだが、それを意図的に放棄したのだ。


「そうかい、なら遠慮なく」


 一ノ瀬のが細かい刃を目くらましに射出しながら、光一に迫る。今までは下手にガードをしては、アルマの破損という恐れがあったが、今はそんな心配はない。

 魔力を体に巡らし、体表を固めた光一は、細かい刃などお構いなしに突っ切る。刃を避けるないし防御すると考えていた一ノ瀬は、まさかの行為に驚き、反応が遅れる。


「がはっ!」


 腹に前蹴りを食らい、くの字に体が折れ曲がり肺の空気が吐き出される。いくらダメージはアルマが肩代わりしているとはいえ、衝撃は通る。一ノ瀬の呼吸が整わない今こそ好機、反撃の拳もアルマの補助を受けて普通の受験生程度なら怯むだろうが、ただ出しただけの拳は腰が入っていない。


(久崎流 鉄塊)

「キミ、本当に人間かい?」

「一応な」


 光一は腰を落とし、短く息を吐いて腹の筋肉を締めることでそれに耐える。そこに攻撃の打ち終わりを狙って、振りかぶった右拳をめり込ませるとパキリと音を立てて一ノ瀬の頭部アルマが破損した。

 

「ふっ、ははははは! いいね、まさかここまで強い人と闘えるなんて! ここを受けて正解だったよ!」


 頭部への衝撃を受けて、足元をふらつかせながらも一ノ瀬は笑う。彼から漏れ出る気迫は、更に強まり彼の後方に刃が出現する。その数は五十は超え、サイズも今までの散弾のような細かいものではなく日本刀ほどの大きさ。

 数本ならともかく、一ノ瀬自身の打撃を防ぎながら受けたのならば無事ではすまないだろう。しかも今の光一は生身。仄かに香る死の臭い。それでも、


「…………過剰集中オーバーコンストレイション


 光一は静かに構えを取る。このまま戦えば無事ではすまない。逆に言えば、があれば、十分戦闘になる。

 二人の間に流れる気迫は、既に受験生同士の闘いの範疇から外れ、生死がちらつく規模にまで発展していく。二人が動いたのはほぼ同時。光一が魔力を最大に込めた拳を構え、一ノ瀬が後方の剣に射出指令を出そうとした瞬間、


「なっ!?」

「くっ!」


 二人の間に眩い光が走る。思わず目を覆い、光が収まった頃には、


「そこまでだ。全く、まさかこんなことをするやつがいるとはな」


 二人の間に割り込み、光一の拳を掴み、一ノ瀬の額に指を当てて戦闘の中止を促す一人の女性の姿があった。彼女が纏うアルマに記されたマークは、このアルマトゥール学園の職員のものだ。

 

「一ノ瀬、お前はもう条件をクリアしてるはずだ。これ以上は失格にするぞ」

「…………あーあ、これで終わり、か。まあ、キミとの闘いは後での楽しみにしておくよ」


 職員の言葉に残念そうな声を上げて、一ノ瀬はわざとらしく肩をすくめて森の外へと歩いていく。


「すまなかったな、まさかクリア条件を満たしても暴れるやつがいるとは誤算だった」


 職員の彼女は軽く頭を下げると、光一の拳を握る手を離し向き直った。


「だが、キミもキミだ。なぜわざわざアルマを解いた? 私が止めなかったらどうなっていたか」

「どうなるだって? 勝つまで戦うに決まっているじゃないですか」

「へ?」


 職員、笹山舞の口から思わずそんな声が出た。

 光一にとって、自分が負けるのは構わない。それは自分の才能が、努力が足りないだけだ。だが、自身操作という異能の力をフルに使える今負けるのは、この力を、それを授けてくれたリースへの侮辱だと彼は考えてしまう。これが主人公とやらならば、まだ理解はできる。だが、に負けるのは我慢ならなかったのだ。


「もうあまり時間がないので、これでいいですか。あまり時間を取られて不利になりたくないので」

「あ、ああ」

「では」


 そんな事を知る由もない笹山は、ただ淡々と去っていく光一を追う気も湧かず、ただその背中を眺めていた。





  


 その数十分後、光一が追加の受験生を倒し、撃墜戦を完全にクリアしたのは言うまでもない。


 

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