第53話

 “購買部”普通の認識では軽食や文房具などが売っている場所という認識だろうが、この学園ではまず一般には販売されることのないアルマが売られる場所でもある。主に販売しているのは国の認めた企業が協力し、支店として多数の店が出店しているのである。普段からAPに余裕がある上位クラスの生徒たちは、店の立ち並ぶ通路の中でも質も値段も高い先頭の方に集まっている。


『しっかし人が多いね』

『クラス対抗戦用にAPが出たからな、いつもの上位クラス以外のやつらもこっちに出てきてるんだろ』


 さらに、今はクラス対抗戦に向けて大量のAPが配布されている。光一は店のある通りを先頭から歩いてきているのだが、かなりグレードの高い店内で頭を悩ませているDクラス代表の二人の姿が見えたくらいには人の数が増えている。


『でもAPが配られたのって代表だけでしょ? よく見るとさっきの説明会にいなかった下位クラスの人もそこそこいるみたいだよ』

『あー、確かにそうだな。ちょっと調べてみようか』


 ただ、リースの言う通り周りをよく見ると、クラスの代表というだけでは説明のつかない人数の下位クラス生徒が上位の店舗前にいる光景が見られる。光一は襟章に触れて半透明のウィンドウを呼び出すと、学園掲示板と書かれたパネルをタッチする。

 これは学園の生徒だけが書き込める掲示板サイトであり、雑談から先輩からのアドバイスまで匿名で様々な会話が交わされている場所である。光一がクラス対抗戦の開催場所が現実とVRフィールドで交互に回されいるという情報もここから知ったのだ。


『見つけた、これだ』

『なるほどね、やっぱりいつの世も人は賭け事が好きなんだねぇ』


 歩きながら掲示板内をスクロールしていると、おそらくの原因にたどり着いた。何人かの生徒のAP事情が改善している理由、それは代表決定戦で誰が代表になるかを予想しあうトトカルチョのようなものが行われていたのだ。

 APは金ではないとはいえ、賭博罪が成立するかどうかは法律家でもない光一には分からないことだが、学園も黙認しているようなのでいいのだろう。それならば、すれ違う先輩が時折こちらを見てありがたそうに口元を緩ませていたのも頷ける。どうやら新入生で入学時のアルマ学の値が最低であった光一は倍率も高かったようで、見事的中させた生徒はかなりのAPを手にしたらしい。


『どおりでさっきからチラチラ見られていたんだね』

『あんまり目立つ気はないんだけどな、こっちの手がバレて得することもないし』

『でも、ここいらの店で買ったら嫌でも見られるものじゃないの?』

『これから見に行く店ならその心配はないさ』


 そんな店があるのかい? という念話を聞きながら光一は大通りを曲がり細い路地を進むと小さな看板が置かれた店に入っていった。


『ここがそれさ』


 五畳ほどの小さな店内にはごちゃごちゃとしたアルマの実物が並び、その奥に一人の少女が机に突っ伏して寝ていた。


「zzz……うっううーん。 あれ? あなた誰?」

「一応、客のつもりですが」


 のっそりと起き上がった白衣の少女は、まるで珍しいものを見るかのような目で光一のことを見ていた。


「私も自分を卑下したくはないけど、既製品のアルマを買うなら大通りの方に行った方がいいと思うよー。……ふぁぁぁ」


商売をする気があるとは思えないような言葉。それもそのはず、彼女は正式なアルマ販売を担う者ではない。


「それを分かったうえでここに来てるんですよ。そういうところでしょ、ここは」

「ほーう、一年生なのに随分とひねた考えしてるんだね。今年初めてだよ、私の工房に一年生が来るのは」


 この学園には大きく分けて二つの学科がある。一つは、光一たちがいるアルマを使った戦闘を戦闘科アサルト。そしてもう一つは普通科と呼ばれるアルマを使った戦闘をメインとしない学科である。とはいえ、それは戦闘科アサルトと比べて普通であるというだけで、アルマ学の名門であるこの学園ではアルマを使った授業は盛んに行われている。

 特に座学で優秀な生徒はアルマ開発をしている企業や軍から直接スカウトが来るほどである。そして、在学中であっても一部生徒は購買部の区画でアルマ開発や強化などを商売にすることを認められているのだ。


「先に自己紹介をしておこうか。私は楽島発美らくじまはつみ、普通科開発クラスの2年だよ」

「谷中光一、戦闘科アサルトFクラスの1年です」


 楽島と名乗った少女は机の下の方から端の少し曲がった冊子を取り出し、差し出す。


「一応これが置いてあるアルマのスペック表と改造の料金表だよ。それで、今回は何を望みかな?」

「今使っているアルマがフルパワーでしばらく使うと壊れてしまうんで、最大出力を出していられる時間を長くする改造ってできます? 予算はこれを全部使ってもいいんで」


 もちろん、学生と企業や軍相手では完成品のアルマの質で勝つことは難しい。しかし、こうして開発者と一対一で話せる上にレスポンスも早く、無茶な改造案にも同意してくれるのは大きな利点である。


「これ……初期アルマじゃないか。よくこんなアルマで代表になったものだね」

「あれ? 代表だって言いましたっけ」

「さっきFクラスって言ってたじゃないか、この時期のFクラスでこんな量のAPを持っているのは代表ぐらいだろうからね」


 楽島は光一が渡したアルマの解析作業をしながら、そのアルマがどんな使われ方をしていたのかが書かれたログに目線を落としている。


「かなり無茶な使い方していたみたいだね。まだ解析作業はかかるだろうから、店の中でも見てでも時間を潰してくれるかい?」


 “二十分ぐらいで終わるから”と言われた光一は、ごちゃごちゃとした店内を見ながらぶらりと時間を潰すのであった。





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