第56話

「まだ帰らないのか?」

「ええ、もう少し詰められそうだからね」


 クラス対抗戦の本番を来週に控え、ここしばらく国崎凛は放課後の時間個別修練場で過ごすことが多くなっていた。ここは個別修練の中でも、上位クラスしか使えない上に代表である自分は対抗戦までの期間優先して使えるということもあって、時間も忘れて特訓をしていたのだ。


「特訓もいいが、あんまり根を詰めすぎて倒れるなよ」

「アンタこそここ数日ずっとこもっておきながらよく言うわよ」

「うっ!」


 天川が国崎を労わって投げ渡したスポーツドリンクのボトルを受け取りながら、心配の言葉を投げ返す。国が長時間の特訓をしている一方で、同じく天川も個別の特訓を続けていたのだ。

 二人の持つ能力スキルは珍しさではかなり上位に来る。限界突破オーバーリミットのように、一時的に身体能力を強化するタイプは、かなりの人数が同じ能力スキルを持ち、潜在的にも持っていることが断定できることが多い。全身を強化するものはそれから一段と希少レアさが上がるが、それでも同学年でもう一人くらいは似たような能力の持ち主がいる程度。


 そして、全身が強化されると同時にさらに装備の変更までなされると来れば、その希少レアさは一気に跳ね上がる。特に天川の方は万全であれば全身の装備が新たに生まれるという、むちゃくちゃな性能をしている分それを使いこなすのには、先人たちのノウハウが薄い状態で手探りな修行をしなくてはいけないのである。


「それで、ただ単に一言かけにきたってだけじゃないでしょ?」

「一応は心配もあるんだが……それでも付き合ってくれるのならやろうか」


 スポーツドリンクの中身を一気に飲み干しながら、国崎は数歩距離を取ってから天川に向き直り刀を構え、天川はそれに答えるように能力スキルを起動する。合同アルマ演習のころは安定して出せるのは両腕だけであったが、今はそれに加えて胴体の部分も黄金の鎧に覆われていた。


「胴体の顕現インスタリアムもスムーズになってきたみたいね」

「安定するのはここまでだけど、調子がよくて短い間なら両脚もいけるぜ」

「それなら実戦練習相手にはちょうどいいわね」

「こっちこそ、高速で動く武術家なんて最高の練習相手さ」


 黄金の鎧に対抗するように、銀の鎧に身を包みながら国崎と天川の二人は生徒が強制的に下校をさせられる時刻まで修行をするのであった。






 また少しばかり場面は移動する。


「お父様、灯は今度こそトップを取りますわ……鳳上の名のもとに」


 とある少女は月明りの中、豪勢な部屋の窓辺で胸のペンダントを握りしめながら宣言し、


「……明日は楽しだなぁ」


 どこかの商業ビルの屋上で、夜空を眺めながら街の明かりを瞳に映す少年もいた。


 それぞれの思いが交錯しながらも、時は進み日は昇る。






 朝日がカーテンから漏れ、少年の頬を撫でると、前日にセットした時間ピッタリに目を覚ます。寝起きでまだはっきりとしない思考も、こめかみに指先を当てる動作をトリガーに自身操作を使うことで一気に覚醒させる。

 すっかり生活の一部となった神の従者としての特別な異能の力。それを授けてくれたリースに報いるためにも今日ばかりは絶対に勝利を収めなければならない。


「時間か」


 来たるクラス対抗戦の朝、光一は短く、それでいて決意のこもった声色でそう呟きベットから起き上がるのであった。

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