4-3

「……すまない」


 レイクの口から謝罪の言葉が漏れる。リビラが腕の中で怪訝そうに眉根を寄せた。


「僕は……君がそんな風に恐怖心を抱えていることに少しも気づかなかった。街の人々と同様に、君を勇敢で、強い人間だとばかり思っていた……。

 だけど……君は本当は、ずっと弱い自分自身を抱え込んでいたのだね……。そのことにも気づかず、僕は……」


 言葉と共に呻きが漏れる。リビラが自分を信頼して胸中を打ち明けてくれたことは嬉しかったが、自分がそれに応えてやるだけの術がないことがもどかしかった。せいぜい彼女の話を聞き、人肌で温めてやるだけだ。

 リビラはそれで十分だと思っているのかもしれないが、できることなら、レイクはもっと直接的に彼女を助けてやりたかった。例えばそう、水晶魔術師クリスタル・マジシャンとして共に戦場に立ち、彼女を死の刃から守る。

 だけど、それが永久に叶わない願いであることをレイクは知っている。自分がどれだけ足掻こうと、一番肝心な時に、大切な人の傍にいることさえできないのだ。そんな自分の無力さがレイクは情けなく、魔力を持って生まれなかった自分の運命を呪いたくなった。


 苦悶に顔を歪めたレイクをリビラはじっと見つめていたが、やがてふっと表情を緩めて言った。


「……謝らないで。ねぇ、それよりレイク先生、治療してくれない?」


「治療?」


「ええ。……あたしのこの怖い気持ちをね、幸せな気持ちに塗り替えてほしいの。先生ならできるでしょ?」


 言葉の意味がわからずレイクがリビラを見つめる。が、彼女の頬が少し赤らんでいるのを見て、ようやく言わんとすることを理解した。


「……いいのか? 悪夢を見た後では、そんな気分になれないのでは……」


「逆よ。気分じゃないからしてほしいの。こんなこと……他の人には頼めないから」


「だが……シリカはどうする? 君の帰りが遅くなったら心配するのでは……」


「あの子は今日家にいないわ。ヘーデルさんのところに泊まってるの。だから一晩帰らなくったって平気よ」


「それは……」


 レイクが困惑して銀縁眼鏡を押し上げる。他の時なら彼女の誘いを拒む理由などなかったが、今は状況が適切とは言えない。リビラに必要なのは休養だ。このまま彼女を家に送り届け、彼女を寝かしつけてから自分も帰路につく。それが医師として適切な判断だ。下手に神経を高ぶらせるような真似をするのは誤った治療でしかない。


 だが、自分を一心に見つめるリビラの寄る辺ない瞳を見つめていると、真っ当な診断を下そうとするレイクの思考は大きく揺らぶられた。

 街の誰も知らないリビラの姿。少女のように悪夢に怯え、庇護を求めて暗闇を彷徨っている。その姿を目の当たりにしておきながら、彼女を一人で家に置き去りにすることなどどうしてできるだろう?


 リビラの瞳が不安げに揺れる。いつになく弱々しげなその瞳を目に焼きつけてから、レイクは唇に接吻をして治療を開始した。

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