一年前 ―契り―

5-1

 月日が経つのは早いもので、レイクがミストヴィルに診療所を構えてから五年が経とうとしていた。


 さすがに五年も経つと診療所の仕事にも慣れ、多忙な日々も少しずつ落ち着きを見せ始めていた。患者の数は相変わらず多く、丁寧な診察というコンセプトも維持していたので忙しいことに変わりはないのだが、それでも心のゆとりのようなものが生まれていた。


 この街の人々は自分を受け入れ、必要としてくれている。その安心感がレイクの心に平穏をもたらし、古傷が疼く機会を少なくしていた。開業当初は夢破れた過去を思い出し、断たれた道に未練を感じることもあったが、今の彼は心から、これからも医師の道を歩み続けたいと願っていた。

 今の自分には医師として築き上げてきた過去があり、人々から求められている現在があり、そして名声を約束された未来がある。そうした栄光を捨ててまで、とうに断たれた道に縋ることには何の意味もないとレイクは考えていた。




 今日も多数の患者が詰めかける診療所。レイクは午前中最後の患者の診察をしていた。白髪をひっ詰めた老婆で、しかつめらしい顔は見るからに気難しそうだ。


 彼女の名はゲバルド。このミストヴィルの町長だ。


「それでレイク、症状の原因はわかったんだろうね?」


 向かいにの椅子に座るレイクにゲバルドが尋ねる。診察を受けているのは彼女の方なのに、しかつめらしい顔と口調のせいで詰問されているような雰囲気があった。


 レイクは顎に片手を当てて手元のカルテを見つめていたが、やがて顔を上げて言った。


「どうやら関節リウマチのようですね。手指の震え、痛み、腫れ。どれも典型的な症状です。画像診断の結果からしても間違いないでしょう」


「やっぱりそうかい。まったく、歳を取ると身体にガタが来て嫌になるよ」ゲバルドが不機嫌そうに鼻を鳴らす。


「ですが早く来ていただいてよかったですよ。症状が進行すれば治療も困難になりますが、今の段階で有れば寛解を目指すことも十分可能ですから」


「そうかい。病院なんざ世話になることはまずないと思っていたが、今回ばかりは来た甲斐があったみたいだね」


「不調を感じられたらすぐに受診された方がいいですよ。まして長老はご高齢ですから」


「何だいレイク。あんたあたしを年寄り扱いするのかい?」ゲバルドがじろりとレイクを睨む。


「あなたに万一のことがあれば街の皆さんが困るでしょう。僕はただお身体を大事にしていただきたいと申しているだけです」


「ふん……。まぁいいさ。あんたはあたしの病気を見つけてくれたんだ。助言通りにしてやるよ、レイク先生」


 無愛想に言ってゲバルドが鼻を鳴らす。見た目通り取っつきにくい性格の彼女ではあるが、それでも自分を信頼してもらえているのだと思うとレイクは有難かった。

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