5-2
「にしても、この診療所は随分繁盛してるようじゃないか」ゲバルドが言った。
「なるべく人が少なそうな時間を選んできたが、それでも待合室は座る場所もないくらいだった。まったく大した人気だよ」
「ええ、有難いです。もっとも、本当なら患者さんが少ない方がいいんですがね。その方が皆さん健康に過ごされているということですから」
「綺麗事を抜かすんじゃないよ。患者が多い方があんたの儲けだって多くなるじゃないか」
「僕は高収入を得るために医師をしているわけではありません。ただ皆さんのお役に立ちたいと思っているまでですよ」
「ふん……。そりゃまた殊勝なこった。若い連中にあんたの爪の垢を煎じて飲ませてやりたいよ」
ゲバルドが苦々しげに言う。町長という立場上、彼女は住民を監督する役割を担っているが、若い住民の中には、街の資源である水晶を無断で採掘して売り飛ばそうとする者が一定数いるらしい。そうした住民への指導にゲバルドは手を焼いているのだろう。レイクは彼女の仕事を肩代わりすることはできないが、せめて身体を壮健に保つ手助けくらいはしたいと考えていた。
「では、診察はこれで終了します。薬を処方しますので、待合室でお待ちいただけますか?」
レイクが聴診器を外しながら言ったが、ゲバルドはなぜか動こうとしなかった。待合室の方をちらりと見やり、他に患者がいないことを確認してから言った。
「レイク……。あんた、この街に戻って何年になる?」
「え? 確か……今年で五年目になりますが」
「五年か……。月日が経つのは早いもんだね。あんたは医者を志し、最新の知識と技術を身につけるために一人で王都に移住した。あの時あんたはまだ十三歳だったか」
「ええ。ですが、なぜ今その話を?」
「なに、少し昔のことを思い出しただけさ。あの時はまだほんの子どもだったあんたが、今や医者になって自分の診療所を構えている……。大したもんだと思ってね」
「僕は自分のやるべきことをしただけですよ。称賛していただくほどのことではありません」
「そうでもないさ。医師になる道を選ぶこと自体、あんたにとっては重い決断だったはず。それを成し遂げたんだからあたしだって褒める気にもなるさ」
レイクは無言で視線を落とした。レイクが王都への移住を決めた当時からゲバルドは町長をしており、ミストヴィルの住民のことを誰よりも把握している。だから、住民の大半がレイクの夢破れた過去を忘れる中、彼女だけは未だにそのことを覚えているのだ。
「あたしはね、レイク。あんたはこの街には戻ってこないだろうと思っていたんだ」ゲバルドが遠い目をして言った。
「この街はあんたにとって愉快な思い出ばかりがある場所じゃない。だからあんたが医師になれば当然、そのまま王都に居着くものと思っていたんだが……」
「ミストヴィルは僕の故郷です。医師になればここで診療所を開くことは最初から決めていました。何も不思議はありませんよ」
「そうかい。まぁあんたがいるおかげで、こちとら遠出をせずに医者にかかれて助かってるわけだ。あんたの愛郷心にあたし達は感謝しなくちゃいけないんだろうね」
「そんな大層なことをおっしゃらないでください。僕はただ、この街に恩返しがしたかっただけですから」
「だけど、今はそれだけじゃないだろう。あんたがミストヴィルに留まってるのは、恩返し以上にこの街にいる理由があるからだ。違うかい?」
「何のことです?」
「決まってる。リビラのことさ。聞けばあんた達、随分
「それは……まぁ、それなりの期間交際していますから」
「ふん。年寄りには刺激の強い話だね。だがあたしは不思議でならないんだがね。あんたなら引く手数多だっただろうに、何でまた
ゲバルドが訝しげに眉を上げる。彼女が疑問を持つ理由はレイクにもわかった。水晶魔術師として華々しく活躍するリビラは、レイクの古傷を抉る存在になりかねない。レイク自身、彼女と交際する前は、何度もそのことに悩まされたものだ。だけど、すでに彼女との関係を深めた今なら、その問いにも迷いなく答えを返すことができる。
「彼女が何者であるかは関係ありません。水晶魔術師であろうがなかろうが、僕は彼女に惹かれたから交際している。それだけのことです」
「ふん……。それはまた、とんだ惚気を聞かされたもんだね」ゲバルドが面白くもなさそうに鼻を鳴らす。
「ただ、年寄りのお節介として一つだけ言っておいてやるが、今の関係は早めに解消した方がいいと思うね」
「どういう意味です?」レイクが眉を上げる。「僕に彼女と別れろと?」
「逆さ。あんた達もいい歳だ。そろそろ身を固めることを考えてもいい時期だろう?」
言葉の意味がすぐには飲み込めず、数秒してようやく腑に落ちた。ゲバルドは、自分にリビラと結婚しろと言っているのだ。
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