5-3
「あんたがミストヴィルに戻ってきてもう五年経つ。仕事も落ち着いてきたみたいだし、ここらで伴侶を決めるのも悪くないんじゃないかね」
ゲバルドが突然のように言ってのける。レイクは狼狽しながらも口を挟んだ。
「ちょ……ちょっと待ってください。さすがにそれは気が早いんじゃありませんか? 僕と彼女はまだ数年しか交際していないんですよ?」
「数年? 五年も付き合っておいて何を言ってるんだい」
「え? ですが、僕達が皆さんに関係をお話ししたのは、確か二年前のことで……」
「それは関係を公言したってだけで、実際にはもっと前から交際していたんだろう? 街の連中はどうだが知らないが、あたしは最初から気づいてたさ」
「……そうなのですか?」
「ああ。あんた達の空気を見てりゃすぐわかったよ。街の連中にもさっさと言っちまえばいいと思ってたんだが、随分時間がかかったねぇ」
冷やかすような目で射竦められ、レイクは気恥ずかしさをごまかすように銀縁眼鏡の位置を直した。上手く隠していたつもりだったが、ゲバルドには全てお見通しだったらしい。さすがは町長、住民をよく観察しているようだ。
「あんただってその気がないわけじゃないんだろう? いずれリビラと家庭を持ちたいと考えてるんじゃないのかい?」
「それは……ええ、もちろんそうです。彼女以上に、人生のパートナーになってほしいと思う人はいません」
「だったらさっさとプロポーズしてやればいいじゃないか。何を迷うことがあるんだい?」
「迷っているわけではありませんが、時期尚早ではないかと思うんです。僕と彼女の間にそんな話は一切ありませんし、彼女もまだそのことは考えていないのではないでしょうか?」
「そりゃ女の方からは切り出しにくいだろうさ。だがリビラだって、本当はあんたが言い出すのを待ってるはずさ」
「そうでしょうか……」
「そうさ。女はいつだってプロポーズを待ってるものだからね」
ゲバルドが仏頂面のまま断言する。台詞と表情が噛み合っていなくて可笑しかったが、それでも年長者の口から出ただけに言葉には重みがあった。
レイクは改めてプロポーズの件を考えてみた。実際、リビラとの結婚を考えたことはこれまでにもあった。彼女との交際期間は五年にも及び、お互いについてあらゆることを知り尽くしている。だからこそ、共に生活することになっても上手くやっていける自信はあった。彼女が人生を共に歩むパートナーとして自分を選んでくれるのなら、それ以上の幸福はない。
「……ご助言、ありがとうございます。前向きに考えてみようと思います」
「ああ、そうしな。もしプロポーズするつもりなら、指輪はちゃんとしたものを買うんだよ。カイルの店で買えるような安物じゃなくてね」
確かに女性にとって婚約指輪は重要だ。リビラにはどんな指輪が似合うだろう。派手なものは好みではないだろうから、シンプルなデザインの方がいいだろう。ヘッド部分に水晶の飾りでもあれば彼女らしさも出る。自分がリビラの左手の薬指に指輪を嵌めているシーンを想像するだけでレイクは早くも浮き足立ってきた。
「とにかく、あんたも男ならいい加減けじめをつけることだね。決断を先延ばしにして女に歳を取らせるんじゃないよ」
言いたいことを一通り言うと、ゲバルドはさっさと立ち上がって診察室を出て行ってしまった。腰の曲がった背中を見つめながら、彼女はこの話をするために診療所に来たのかもしれないとレイクは考えた。
ゲバルドは住民の誰よりも早くから自分とリビラの関係に気づいていた。いつまでも次の段階に進もうとしない自分達を見て、業を煮やしていたのかもしれない。口調こそ厳しかったものの、レイクは彼女が背中を押してくれたような気がした。
とにかく、まずは指輪を調達しなければならない。幸いなことに、レイクには指輪の購入先に心当たりがあった。手帳を見てスケジュールを確認する。次の休みは三日後。そこで久しぶりに彼に会いに行くことにしよう。
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