5-4

 それから三日後、レイクはミストヴィルを離れて王都に来ていた。

 ミストヴィルに戻って以来、王都を訪れる機会はなかったが、彼が住んでいた時と同じく街並みは煌びやかなものだった。建物は全て水晶で作られ、人々の衣服も青や白といった水晶に調和する色を基調としている。街全体が芸術品のような光景は幻想的で、レイクは改めてその美しさに見惚れた。


 せっかく王都に来たので、研修医時代に世話になった人々に挨拶をすることにした。皆、レイクとの再会を喜んでくれ、ミストヴィルでの生活は順調かと尋ねてくれた。中には王都に戻って来ないかと声をかけてくれる人もいたが、レイクは丁重に断った。王都は美しく華やかな街ではあるが、自分が帰るべき場所は別にある。


 一通り挨拶を済ませたところで、レイクは目的の店に行くことにした。路地にある小さな店で、店頭のガラスケースに飾られた色とりどりの宝石が目を引く。レイクはそれらの品を眺めてから店に入った。


 店に客はおらず、奥の店台で一人の青年が研磨作業をしているのが見えた。まだ十代後半くらいの青年で、作業に夢中になっているのかレイクに気づいた様子はない。


「やあ、ルーク、久しぶりだね」


 作業の邪魔にならないよう、レイクはなるべくそっと声をかけたが、それでも青年は飛び上がらんばかりに驚いた。宝石を取り落としそうになったのを急いで受け止め、それから立ち上がってレイクの元に駆け寄る。


「レイク先生じゃないすっすか! 帰ってきてたんすか!?」


 そう言って人懐っそうな笑顔を向けてきた青年を見て、レイクは思わず表情を綻ばせた。彼はあの頃から少しも変わっていない。


「少し所用があってね。君は元気だったかい? ルーク」


「もちろんっすよ! あれ以来病気も怪我も一回もしなくて元気バリバリです!」


「それはよかった。君は入院していた時から元気だったが、今はそれ以上のようだね」


「はい! それもこれもレイク先生が助けてくれたおかげっすよ!」


 少年のように歯を見せてルークが笑う。その笑顔を見ているとレイクは自分も活力が湧いてくるような気がした。かつての患者が達者でいるのを見るのはよいものだ。




 レイクとルークが出会ったのは七年前。レイクが王都で研修医をしていた時のことだ。当時のルークは十一歳の少年で、親の言いつけを破って遠くまで遊びに行ってしまうようなやんちゃな子どもだった。


 その日もルークは一人王都を抜け出し、南にある鉱山の方まで探検に行っていた。だが、そこで足を滑らせて高台から転落した。近くを通りがかった採掘人が彼を見つけたときは、全身に打撲を負い、命も危ぶまれる状態だったという。


 彼が搬送されて来た時、たまたま他に医者がおらず、レイクが対応することになった。研修医として医術を身につけていたとはいえ、当時のレイクはまだ半人前という自覚があり、自分がこの患者を治してやれるのか、正直自信がなかった。それでも彼を助けられるのは自分だけだという使命感から、知識と技術を総動員して治療に当たった。


 結果、ルークは一命を取り留め、持ち前の活力もあってみるみる回復していった。退院直前には元気になりすぎて、病院の壁に穴を開けてしまうこともあったとか。


 そういうわけで、ルークにとってレイクは命の恩人であった。だから退院後も彼はたびたびレイクの元を訪れ、この恩はいつか必ず返すと言ってきた。レイクは元より見返りなど期待していなかったが、彼に慕われるのは悪い気分ではなかった。


 指輪のことを考えた時、真っ先に彼のことを思い出したのも、彼に恩を返させようという目的ではなく、単に彼の成長した姿を見たいという気持ちの方が強かった。実際、こうして変わらず元気でいる彼の姿を目の当たりにすると、あの時彼を助けてよかったと改めて感じ入るのだった。


「もっと早く会いに来られればよかったんだが、なかなか時間が取れなくてね。でも君が元気でやっているとわかって安心したよ」


「俺もです! おかげでこうやって仕事もできてますし、先生にはホント感謝してるっす!」


「君は昔から彫金師になるのが夢だと言っていたからね。夢が叶えられてよかったよ」


「はい! ……っっても彫金師としてはまだ半人前で、今もしょっちゅう親方に怒られてるんすけどね」ルークが苦笑して頬を掻く。


「どんな人間にだって見習い期間はあるものさ。君も経験を積めば、いずれ立派な彫金師になれるだろう」


「へへ……。そうっすよね! レイク先生もあん時は見習いでしたけど、今じゃ一人前のお医者さんっすもんね! 俺も先生みたいになれるように頑張るっす!」


 ルークが気合いを入れるようにガッツポーズをする。素直で前向きな返事は聞いていて気持ちがいい。性格は違うが、少しシリカと似ているなとレイクは思った。

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